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第19章:自由意志

第10話:悪魔皇の高笑い

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 悪魔皇:サタンはグラリと体勢を崩し、その場で片膝をつく恰好となる。左手で頭を支えながら、ブルンブルンと首級くびを左右に振り、受けた衝撃を振り払う。今が絶好の好機だというのに、アリス=アンジェラは自分を操っている糸が切れたかのように、その場で尻餅をついてしまうのであった。

「ちょっとばかり、アリス=アンジェラを舐め過ぎたようですね」

「うむ。われがこんな小娘相手に膝をつくことになるとは思わなかった。これは褒美を与えたほうが良いのではないか?」

「アリス=アンジェラがそれを良しとするかは別として、何かご褒美をあげても良いかと思います」

 身体が一切、言うことを聞かなくなってしまったアリス=アンジェラは茫然とした表情で、悪魔皇:サタンと悪魔将軍:ベルゼブブを見上げる。悪魔皇:サタンはゴキゴキと首を鳴らしているが、致命的なダメージを負っているようには、まるで見えなかった。しかしながら、あの傲慢すぎる悪魔皇の身体に一撃を与えられただけでも、満足感が身体の内側から押し寄せてくる。

「お前がわれの助けを必要とするのであれば、これを地面に突き立てろ。そうすれば、いつ如何なる時でも、われがお前を一度だけ助けてやろう」

 悪魔皇:サタンはそう言うと、左の手のひらの上に、鞘に納められた短剣ダガーを現出させる。それを下手したてに放り投げ、アリス=アンジェラの眼の前に転がすのであった。アリス=アンジェラは頭の中にクエスチョンマークを浮かべる他無かった。

 しかしながら、アリス=アンジェラがこれは何のつもりなのデスカ? と質問する前に、悪魔皇:サタンは大層、気分が良さそうに大笑いしつつ、アリス=アンジェラに背を向ける。そして、右手で空間を切り裂くと、開いた紫色の空間の中へと消えていく。その後ろをまったく……とぼやきながら、悪魔将軍:ルシフェルが追いかけていく。

「ん? ベルゼブブ。お前は魔界に帰らなくて良いのか?」

「ワタクシはあなたと同様、地上界に興味津々デスノ。お二人方は、近々、起こそうとしている第4次天魔大戦の準備がありマスガ、ワタクシはいつも通り、蚊帳の外デスワ」

「あっそ。まあ、御大将とルシフェルの旦那に任せっきりなのは1000年前から変わらねえか。じゃあ、どこをほっつき歩くのも、ベルゼブブの『自由』だが、アリス嬢ちゃんに変なことをするんじゃねえぞ?」

「そんな危険なことなどしまセンワヨ。でも、その娘に素敵な彼氏が出来ましたら、ワタクシにもお祝いさせてくださいマシ?」

「変な虫がつかないように保護者として、立派に仕事はするつもりだぜ? だから、まだまだ先の話になるんじゃねえの?」

「それなら良いのデスガ。まあ、ワタクシもサタン様から詳しいことを聞かされているわけでもありまセンシ。さて、一時のお別れデスワ。ベリアル。あなたは悪魔らしく、『自由』に過ごしテネ」

 悪魔宰相:ベリアルはそう言い残すと、濃い紫色の魔素を拡散させて、その場から存在感を消していく。結局、どいつもこいつも、アリス嬢ちゃんには甘いんだなと思わざるをえないベリアルであった。悪魔皇:サタンがもう少しでも殺る気を出していれば、アリス嬢ちゃんは有無も言えずに、悪魔皇:サタンに屈服していただろう。だが、悪魔皇:サタンはそういうことをそもそも望んでいるようには思えなかった。

 ただ言えることは、いくら本気の欠片も見せなかった悪魔皇:サタンに一撃だけといえども、その身体に叩きこんだアリス嬢ちゃんは立派だということだ。ベリアルは今夜はお赤飯だなと、アリス嬢ちゃんを祝う気で満々であった。

「うぐぐ……。悪魔皇を逃してしまったのデス! あそこで神力ちから尽きなければ、悪魔皇にトドメを刺せたのデス」

「それは殊勝な言葉だ。だが、今は、傷ついた身体を癒すとこからだ。どこかに転送されたアンドレイを追うためにも、休まなきゃどうしようもねえ」

 アリス=アンジェラは不平不満を表すアヒル口となっていた。ベリアルはそんなアリス=アンジェラの頭をポンポンと優しく撫でる。アリス=アンジェラはますますムッとした表情になるが、ベリアルはそんなアリス=アンジェラを無視して、光体に近づいていく。

「おい、ミカエル。アンドレイをどこに転送したんだ?」

「知らぬ。運が良ければ、呼吸が出来るところかしらね?」

「ほら、これだっ! お前のやることはいつもガサツなんだよ。少しは女らしく繊細にしろっての」

「う、うるさい! 悪魔皇:サタンでも簡単にアンドレイ=ラプソティの位置を特定出来ぬようにと配慮はしたのだっ! ガサツ呼ばわれされる筋合いはないぞっ!」

 光体が文句を散々に言うのだが、ハイハイとばかりに受け流すベリアルであった。その2人の様子を見ていたアリス=アンジェラは、またもや頭の中にクエスチョンマークを浮かべてしまう。この2人のやり取りを見ている感じ、知り合った仲だということは察することは出来る。だが、ベリアルから受ける感じは、どこか寂しげなモノであった。

 その寂しげなモノに名前を当てるとすれば、『郷愁』が一番しっくりくる気がするアリス=アンジェラであった。アリス=アンジェラはピーンとくる何かを感じ、それをそのまま言葉にしてしまう。

「ミカエルお姉様は、もしかして、堕天する前のベリアルとお付き合いしていたのデスカ?」

「ぶぼっ! ぶへぇっ、ぶはっ!! 違うわっ! なんで、我輩がこんなガサツな女と恋仲に堕ちなきゃならんのだっ!!」

「そ、そうだぞ! な、何を勘違いしているのだっ! わたくしは天使長。そして、こいつは、わたくしの大切な武官であったに過ぎんっ!」

「ほうほう。大切な武官デスカ。大切なヒトでは無かったのデスカ?」

「ち、違う! 断じて違う! すぐに仕事を怠けるは、女の尻を追いかけるは、最悪な兄貴分だっただけだっ」

「そう、その通り。我輩は出来の悪い兄貴分だっただけだ。しかしながら、こいつのどこに天使長になるほどの器があったのかは、わからねえがなっ」

 天使長:ミカエルは光体の姿であったが、アリス=アンジェラの脳内は、今頃、顔を真っ赤にしながら、抗議している様子がありありとイメージ出来た。しかしながら、これ以上、天使長をイジると、天界から神鳴りが降り注ぐと思い、この辺りで詮索を止める。

「でだ。結局、どの辺りに転送したのか、ミカエルでも検討はつかないのか?」

「うむっ。申し訳ないが、本当の本当に、急ぎで転送させてしまったからな。下手に座標を設定していれば、アンドレイは悪魔皇:サタンの虜囚となってしまっていたに違いない」

「そこは否定しねえよ。しっかし、我輩でもまるで見当がつかないな。アリス嬢ちゃん、どうする? 創造主:Y.O.N.Nの命令通り、それでもアンドレイ=ラプソティを天界裁判にかけるつもりか?」

 ベリアルは大層、骨が折れるぞという表情をその顔に映していた。しかしながら、アリス=アンジェラは真摯なまなざしのまま、ベリアルにこう告げる。

「最初は創造主:Y.O.N.N様に言われるがままのアリス=アンジェラでシタ。でも、今は違いマス。アリスはアリスの意志で、アンドレイ様を探したいと思っていマス!」
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