上 下
93 / 202
第10章:アルピオーネ山脈

第1話:雪山

しおりを挟む
「ハァハァ……。吐く息まで氷付きそうなくらいに寒いのデス! 誰デスカ!? 冬のアルピオーネ山脈を越えようとか言った馬鹿は!?」

「チュッチュッチュッ……。そんな大声を張り上げるだけの体力がまだ残っているのが不思議くらいでッチュウ……」

「アンドレイをぶっ飛ばす……。この山脈を越えたら、アンドレイを絶対にぶっ飛ばす……」

「あの……。私だって、寒いんです……。ついてきてくれるのは嬉しいですけど、ここまで来たら、腹を括ってください……」

 アンドレイ=ラプソティたちは今現在、アルピオーネ山脈の5合目まで登ってきていた。3合目辺りですでに雪は膝の高さ付近まで降り積もっていた。その時点で引き返すべきだとベリアルが散々にアンドレイ=ラプソティに忠告してきたのだが、アンドレイ=ラプソティは聞く耳持たずであった。そして、さらに上へ上へと登り続けると、太ももの中ほどまで雪で埋まってしまうほどになってしまう。

 ベリアルとアンドレイ=ラプソティが後ろに続くアリス=アンジェラのために道なき道を切り開くが如くに、雪を蹴り飛ばしながら進んできたのだが、ベリアルは5合目で体力が尽きかけてきた。段々と足並みがそろわなくなり、ついに先頭を行くのはアンドレイ=ラプソティのみとなる。それでも、無理を承知にアルピオーネ山脈を6合目まで昇り続けたアンドレイ=ラプソティたちであった。

「きょ、今日はここまでにしましょう……か。あそこにちらりと横穴が見えま……す」

「あ、ああ……。我輩が残った体力で入口を開いて……やる」

 ベリアルは朦朧とする意識の中、雪で完全に埋もれきっていない横穴の入口を呪力ちからを用いて、開こうとする。しかし、そんなことをすれば、とんでもないことが起きるのは自明の理であったはずなのに、このメンバーの中で、それに気づく者はひとりも居なかった。

 ベリアルが両の手のひらを合わせ、手首を支点にして、両手を開く形を作る。そして、その手のひらから黒い一条の光線ビームを放ち、横穴の入り口を塞いでいた雪と氷を吹き飛ばす。

 しかしながら、それを為したと同時に、アルピオーネ山脈の山肌が拒否感を示す。その拒否感は地鳴りとなり、さらには雪鳴りに変わっていく。この雪鳴りを耳に拾ったコッシロー=ネヅは寒さ以上に背中に怖気を感じることになる。

「これは雪崩が起きる前兆なのでッチュウ! ベリアルはアホなのでッチュウか!?」

「ああん!? 我輩がぶっ飛ばすって言った時は、てめえら全員、我輩に肯定の意志を示したじゃねえかっ!!」

「今は言い争っている場合ではありませんっ! 一刻も早く、ベリアルが開けてくれたあの横穴に飛び込みましょうっ!」

 アンドレイ=ラプソティはベリアルとコッシロー=ネヅが言い争っているのを無理やりに止める。そして、今やるべきことをしっかりと皆に伝え、自分は足に絡みつく雪を盛大に蹴り飛ばし始める。睨み合っていたベリアルとコッシロー=ネヅは、自分たちはいったい何をしているのかとわれに返り、アンドレイ=ラプソティの後を急いで追うのであった。

 しかしながら、急ぐあまり、大事な娘のことに気が回らなくなってしまう。アンドレイ=ラプソティはベリアルとコッシロー=ネヅが横穴に飛び込んできた後、アリス殿はどこですか!? と問う。問われた側のベリアルとコッシロー=ネヅはハッ! とした表情になり、置いてきたアリス=アンジェラの方を見ることになる。

「ハァハァ……。身体が熱いの……デス。寒すぎて、身体の感覚がバカになってしまったの……デスカ?」

「何をぶつくさ言ってやがるっ! 雪崩ってのは秒速数100ミャートルもの速さなんだぞっ!! 音が聞こえた時には飲み込まれると思えっ!! 早く走れっ!!」

 ベリアルはまるで今すぐにでも漏れそうなおしっこを我慢しているがために、もじもじと歩いているかのように見えるアリス=アンジェラを叱り飛ばしてみせる。実際、アリス=アンジェラは身体の奥底から熱を感じ、同時に下腹部には暖かい液体が漏れだしている感触を味わっていた。

 極限の寒さから来る身体変調が起きていたのだ、アリス=アンジェラの小さな身体には。それゆえ、どれだけベリアルに叱り飛ばされようが、アリス=アンジェラは自分の身体を自由に動かすことは出来なかった。片足を引きずりながら、ひょこっひょこっと軽く跳ね上がりつつ、少しずつ前進していく。

 ベリアルはアリス=アンジェラを横穴の中に放り込もうと、右腕を伸ばせるだけ、前方に伸ばす。アリス=アンジェラは左手で股間を抑えつつ、右腕を伸ばす。ベリアルがアリス=アンジェラの右手首を右手で掴むや否や、強引に中へと引っ張り込む。

 次の瞬間、アリス=アンジェラが元居た場所は真っ白な雪で覆われてしまうのであった。

「ふぅぅぅ……。生きた心地がしなかったぜ。アリス。お前は我輩の心臓を破裂させるつもりか?」

「あ、ありがとうございマス。ベリアルが手を伸ばしてくれていなかったら、アリスは麓まで押し流されていたかもなのデス」

 アリス=アンジェラはすんでのところで、ベリアルに命を救われることになる。ベリアルはよしよし……とアリス=アンジェラの頭をフードの上から撫でる。

(こんな小さな身体で雪深い山を突き進んできたこと自体がすげえぜ。我輩がアリスと同じ歳なら絶対にどこかではぐれてるぜ)

 実際、アリス=アンジェラが自分たちに遅れずについてきてきたのは、素直にすごいと感心させられることであった。天使の羽を出そうにも、その羽根の1枚1枚を全て凍らせてしまいそうなほどに、外は寒かった。山頂付近から麓に向かって吹き付けてくる風には、過分なほどに冷気が含まれ、さらには雪も斜め上から吹き付けて来ていた。

 アンドレイ=ラプソティとベリアルがアリス=アンジェラにとっての、道を切り開く役と同時に、彼女の防風壁となっていたことも、大きかったと言えよう。だが、それでも、この雪中強行はアリス=アンジェラにとっては過酷すぎると言えた。その行為を褒めたたえるようにベリアルはアリス=アンジェラの頭をフード越しに何度も何度も優しく撫でたのであった。

 アリス=アンジェラは頭を撫でられれば、撫でられるほど、体温が上昇してしまう。このまま、自分の身体をベリアルに預け続けるのは危険だと感じ、ベリアルの胸を両手で押しのけるようにしながら、彼の身体から身を剥がずのであった。

「おじさんに抱かれるのは嫌か?」

「そ、そんなつもりであなたを拒否したわけではありまセンッ! ただ重いと思われるのは癪に障るノデッ!」

「確かにいつものアリス嬢ちゃんに比べると2倍くらいの重さを感じたなっ!」

「失礼なのデス! ちょっと見直したら、すぐ憎まれ口なのデス! 眼から光線ビームなのデス!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...