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第六章 死神を斬る
52 不運の正体
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「聞くわ」
六朗が聞けというのなら、今の自分に必要なことなのだろう。
絶大なる信頼と共に、みゆきは六朗を見上げる。
六朗は少しつらそうにその視線を受け止めて、真剣に続ける。
「オレもオヤジから、貴の野郎が死神に魅入られたこと、軍刀の力でもって来たから帰ってきた、って話は聞きました」
「そうだったのね……!」
みゆきは驚いたが、一方で安心もした。
すべてを知ったのなら、六朗もきっと味方になってくれる。
自分と貴明と六朗は家族なのだ。
貴明と六朗の間に、みゆきには入り込めない友情が存在していたことを、みゆきは知っている。
みゆきは勢い込んで続けた。
「だったら六朗もわかるでしょう? 私には守り刀が必要なの。まだ、間に合うかもしれない……。御利益のあるご神刀を持って、貴明さんよりも前に、死神と会わなくちゃ!」
「お嬢、聞いて。神刀なんてものは、なかったんすよ」
六朗の顔がつらそうに歪み、みゆきの肩に置いた手に力がこもる。
「え? 手に入らなかった、ということ?」
みゆきはびっくりして目を見張る。
だが、六朗はすぐにぶんぶんと首を横に振った。
「そうじゃねえ! この話を持ってった先の宮司が、びびって全部白状しやがった。そもそも貴の刀もご神刀なんかじゃなかったんだよ。宮司がオヤジに渡したのは、大昔から戦場で使われてきた丈夫な刀ってだけだ。なんの御利益もありやしねえ」
(え? え? それって? どういうこと?)
みゆきの頭は混乱する。
考えを何も整理できないまま、みゆきは六朗にすがった。
「じ……じゃあ、どうして!? どうして貴明さんは北で生き残れたの!? あんなに優しいひとが、死神ですら猶予をくれるくらいに戦えたのは、どうして!?」
六朗はつらそうにみゆきの叫びを受け止めたのち、思い切り怒鳴り返す。
「あんただよ、みゆき!!」
「え」
ぽかん、と、口が開いた。
何を言われたのか、正直さっぱりわからない。
六朗は悔しそうに歯がみをし、みゆきに訴えかける。
「貴はあんたのために、ただ必死に戦っただけだ。それに……あの刀には、あんたのお守りがついてただろ?」
「下手くそなお守りよ。あれは、なんの関係もなければ、御利益もない」
貴明の刀から下がっていたお守りのことを覚えている。
彼が北に行くというときに、心を込めて縫った。
中に入っているのは、近所のお社にお百度参りしたときにつけていた、自分の髪で作った、小さな小さな指輪だった。
ただの、くだらない、気休めの。
そう、思っていた。
「おいおいおいおい、本気かよ? あんたも貴明も、気付いてなかったのか? あんたが作るもんはいつだってあったかくて、ほっとして、そいつを食べたり持ってたりすると、必ずいいことがある。あんたの作るもんには、昔っから御利益があったろうが!!」
六朗は必死に言いつのるが、みゆきはまったくピンとこない。
「そ、そんな……私、不器用で。不運、で」
降って湧いたような話に、六朗の剣幕すらが恐ろしくなってくる。
一歩後ろへ下がろうとしたとき、六朗の後ろからごま塩頭の男が顔を出した。
「宮司の言うことにゃ、てめえのそれも、神通力だそうだぜ」
「お父様……」
組長の登場に少々ほっとするものの、やはり何を言われているかはよくわからない。
組長は黒い羽織の中で腕を組みつつ、六朗の横に堂々と立った。
「てめえの不運は、周りの人間を心配しすぎるせいで『引き寄せ』てんだってよ。てめえは自分から、周りの不運を一身に受け止めちまってんだ」
(不幸を、一身に)
みゆきは半ば無意識に、自分の心臓の位置に手を当てる。
そんなつもりは欠片もなかった。
ただ、みんなが幸せであるといいと思ったし、不運ながらもみんなに生かされている自分のことも、幸せだと思っていた。
まだまだ納得していない様子のみゆきに、組長はダメ押しのように言う。
「だからってんでもねえが。貴の野郎のために奔走し始めてからのてめえは、むしろ幸運だったんじゃねえか? 貴を助ける方法を考えてたとき、天啓みてえなもんはなかったか」
「そんなことは……あ……?」
ありませんでした、と言おうとして、頭の中にぼうっと本の一ページが浮かび上がる。
――死神というものは。
唐突に死神の話をし出した教師。
図書館で、目の前に落ちてきた本。
ただの偶然にしてはおかしいと、ぼんやり思っていた。
思っていたが、それだけだった。
(ひょっとして、あれが……? 私に、何か、教えようとしてくれていた……?)
六朗が聞けというのなら、今の自分に必要なことなのだろう。
絶大なる信頼と共に、みゆきは六朗を見上げる。
六朗は少しつらそうにその視線を受け止めて、真剣に続ける。
「オレもオヤジから、貴の野郎が死神に魅入られたこと、軍刀の力でもって来たから帰ってきた、って話は聞きました」
「そうだったのね……!」
みゆきは驚いたが、一方で安心もした。
すべてを知ったのなら、六朗もきっと味方になってくれる。
自分と貴明と六朗は家族なのだ。
貴明と六朗の間に、みゆきには入り込めない友情が存在していたことを、みゆきは知っている。
みゆきは勢い込んで続けた。
「だったら六朗もわかるでしょう? 私には守り刀が必要なの。まだ、間に合うかもしれない……。御利益のあるご神刀を持って、貴明さんよりも前に、死神と会わなくちゃ!」
「お嬢、聞いて。神刀なんてものは、なかったんすよ」
六朗の顔がつらそうに歪み、みゆきの肩に置いた手に力がこもる。
「え? 手に入らなかった、ということ?」
みゆきはびっくりして目を見張る。
だが、六朗はすぐにぶんぶんと首を横に振った。
「そうじゃねえ! この話を持ってった先の宮司が、びびって全部白状しやがった。そもそも貴の刀もご神刀なんかじゃなかったんだよ。宮司がオヤジに渡したのは、大昔から戦場で使われてきた丈夫な刀ってだけだ。なんの御利益もありやしねえ」
(え? え? それって? どういうこと?)
みゆきの頭は混乱する。
考えを何も整理できないまま、みゆきは六朗にすがった。
「じ……じゃあ、どうして!? どうして貴明さんは北で生き残れたの!? あんなに優しいひとが、死神ですら猶予をくれるくらいに戦えたのは、どうして!?」
六朗はつらそうにみゆきの叫びを受け止めたのち、思い切り怒鳴り返す。
「あんただよ、みゆき!!」
「え」
ぽかん、と、口が開いた。
何を言われたのか、正直さっぱりわからない。
六朗は悔しそうに歯がみをし、みゆきに訴えかける。
「貴はあんたのために、ただ必死に戦っただけだ。それに……あの刀には、あんたのお守りがついてただろ?」
「下手くそなお守りよ。あれは、なんの関係もなければ、御利益もない」
貴明の刀から下がっていたお守りのことを覚えている。
彼が北に行くというときに、心を込めて縫った。
中に入っているのは、近所のお社にお百度参りしたときにつけていた、自分の髪で作った、小さな小さな指輪だった。
ただの、くだらない、気休めの。
そう、思っていた。
「おいおいおいおい、本気かよ? あんたも貴明も、気付いてなかったのか? あんたが作るもんはいつだってあったかくて、ほっとして、そいつを食べたり持ってたりすると、必ずいいことがある。あんたの作るもんには、昔っから御利益があったろうが!!」
六朗は必死に言いつのるが、みゆきはまったくピンとこない。
「そ、そんな……私、不器用で。不運、で」
降って湧いたような話に、六朗の剣幕すらが恐ろしくなってくる。
一歩後ろへ下がろうとしたとき、六朗の後ろからごま塩頭の男が顔を出した。
「宮司の言うことにゃ、てめえのそれも、神通力だそうだぜ」
「お父様……」
組長の登場に少々ほっとするものの、やはり何を言われているかはよくわからない。
組長は黒い羽織の中で腕を組みつつ、六朗の横に堂々と立った。
「てめえの不運は、周りの人間を心配しすぎるせいで『引き寄せ』てんだってよ。てめえは自分から、周りの不運を一身に受け止めちまってんだ」
(不幸を、一身に)
みゆきは半ば無意識に、自分の心臓の位置に手を当てる。
そんなつもりは欠片もなかった。
ただ、みんなが幸せであるといいと思ったし、不運ながらもみんなに生かされている自分のことも、幸せだと思っていた。
まだまだ納得していない様子のみゆきに、組長はダメ押しのように言う。
「だからってんでもねえが。貴の野郎のために奔走し始めてからのてめえは、むしろ幸運だったんじゃねえか? 貴を助ける方法を考えてたとき、天啓みてえなもんはなかったか」
「そんなことは……あ……?」
ありませんでした、と言おうとして、頭の中にぼうっと本の一ページが浮かび上がる。
――死神というものは。
唐突に死神の話をし出した教師。
図書館で、目の前に落ちてきた本。
ただの偶然にしてはおかしいと、ぼんやり思っていた。
思っていたが、それだけだった。
(ひょっとして、あれが……? 私に、何か、教えようとしてくれていた……?)
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