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第三章 恋文と怪文書
23 真実
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(早く帰らなくちゃ。早く、少しでも早く、貴明さんと話がしたい)
落ち着かない気持ちを抱えて、みゆきは下町にさしかかる。
手荷物は、胸に抱えた教本と、空の弁当箱と、裁縫の時間に縫った刺し子の手巾だ。
この刺し子を貴明に渡すついでに、話を切り出したらちょうどいいだろうか……。
そんなことを考えながら、みゆきは古い神社の前にさしかかった。
「……?」
(誰かに、呼ばれた……?)
周囲をきょろついてみても、神社と雑木林と民家が密集した路地があるだけ。
人気はまったくない。目立つものといえば、神社の敷地内に生えている、古いケヤキの木くらい。
落葉した枝を見上げ、みゆきは声をかける。
「あなたなの? って言っても、貴明さんじゃないから、お話はできないわね」
まあ、気のせいだろう。
そう思って、視線を薄暗い道の先に戻す。
そこには、いつの間にか、人がいた。
真っ白な髪を肩に垂らした――以前みゆきに手紙を渡してきた、あの人物だ。
「っ……!」
(さっきまでは、確かに誰もいなかったはずなのに……!)
ぶわりと恐怖が湧き上がり、みゆきは棒立ちになる。
白髪の人物は以前と同じように、口元だけを笑いにゆがめて言う。
「お手紙を見ていただけましたか」
「…………」
(なんて答えたらいいの? そもそも、この人は何者なの?)
「お手紙を見ていただけましたか」
白髪の人物は、同じことを繰り返す。
(怒っているようでもない。悲しんでいるようでもない。憎んでいるようですらない。まるで、人ではないみたい……)
「お手紙を見て……」
淡々と繰り返される不吉な問いに、くらりと嫌なめまいがする。
このままではダメだ。本能的にわかる。
みゆきはぎゅっと唇を噛んでめまいをねじ伏せ、白髪の人物を見つめた。
「見ました。ですが、今はそのことに関して、何もお答えはできません」
情けなく震えた声だったけれど、最後まで言えただけで上出来だ。
みゆきは教本と刺し子を強く抱えて、頭を下げた。
「申し訳ありませんが、失礼いたします。お手紙にあった件に関しては、夫とお話をしたのち、改めてお返事を検討させていただきます。失礼ですが、ご住所とお名前を教えてはくださいませんか?」
言い終えて頭を上げると、目の前に真っ白な顔があった。
(いつの、ま、に)
つるりとした、胡粉で仕上げたひな人形のような顔。
細い目がうっすらと開き、黒々とした光彩がみゆきをのぞきこむ。
「瀬禅貴明は、死んでいる」
「………………!!」
白髪の人物の一言は、みゆきの心臓を鋭く痛ませた。
息を吐く。
上手く吐ききれずに、はっ、はっ、と、何度も吐く。
抑えていためまいが復活する。
貴明は死んでいる。
死んでいる。
……死んで、いる。
死に装束をまとった、骨のことを思い出す。
あれが幻覚ではなかったというのだろうか。
あれが、あれこそが、真実だったと?
(信じたくない。でも――私、心のどこかでは、知っていた)
みゆきの頭の中に、どっと過去の違和感が押し寄せてくる。
飛びこんで来た戦死電報。
消えた提灯と、自分が化け物だと言いたげだった貴明。
帰ってきて以降の貴明は、軍本部に行くと言ってはいたが、上官や同期を連れてくることはけしてなかった。
ナオが『若いのに階級が高い』と言った、貴明の階級は、少佐。
一年前の貴明は、二階級下の中尉だった。
戦死した者は二階級特進といって、二階級出世すると聞いたことがある……。
「あれが何をしたのか、知りたくはないですか」
白髪の人物の声に、みゆきは顔を跳ね上げる。
落ち着かない気持ちを抱えて、みゆきは下町にさしかかる。
手荷物は、胸に抱えた教本と、空の弁当箱と、裁縫の時間に縫った刺し子の手巾だ。
この刺し子を貴明に渡すついでに、話を切り出したらちょうどいいだろうか……。
そんなことを考えながら、みゆきは古い神社の前にさしかかった。
「……?」
(誰かに、呼ばれた……?)
周囲をきょろついてみても、神社と雑木林と民家が密集した路地があるだけ。
人気はまったくない。目立つものといえば、神社の敷地内に生えている、古いケヤキの木くらい。
落葉した枝を見上げ、みゆきは声をかける。
「あなたなの? って言っても、貴明さんじゃないから、お話はできないわね」
まあ、気のせいだろう。
そう思って、視線を薄暗い道の先に戻す。
そこには、いつの間にか、人がいた。
真っ白な髪を肩に垂らした――以前みゆきに手紙を渡してきた、あの人物だ。
「っ……!」
(さっきまでは、確かに誰もいなかったはずなのに……!)
ぶわりと恐怖が湧き上がり、みゆきは棒立ちになる。
白髪の人物は以前と同じように、口元だけを笑いにゆがめて言う。
「お手紙を見ていただけましたか」
「…………」
(なんて答えたらいいの? そもそも、この人は何者なの?)
「お手紙を見ていただけましたか」
白髪の人物は、同じことを繰り返す。
(怒っているようでもない。悲しんでいるようでもない。憎んでいるようですらない。まるで、人ではないみたい……)
「お手紙を見て……」
淡々と繰り返される不吉な問いに、くらりと嫌なめまいがする。
このままではダメだ。本能的にわかる。
みゆきはぎゅっと唇を噛んでめまいをねじ伏せ、白髪の人物を見つめた。
「見ました。ですが、今はそのことに関して、何もお答えはできません」
情けなく震えた声だったけれど、最後まで言えただけで上出来だ。
みゆきは教本と刺し子を強く抱えて、頭を下げた。
「申し訳ありませんが、失礼いたします。お手紙にあった件に関しては、夫とお話をしたのち、改めてお返事を検討させていただきます。失礼ですが、ご住所とお名前を教えてはくださいませんか?」
言い終えて頭を上げると、目の前に真っ白な顔があった。
(いつの、ま、に)
つるりとした、胡粉で仕上げたひな人形のような顔。
細い目がうっすらと開き、黒々とした光彩がみゆきをのぞきこむ。
「瀬禅貴明は、死んでいる」
「………………!!」
白髪の人物の一言は、みゆきの心臓を鋭く痛ませた。
息を吐く。
上手く吐ききれずに、はっ、はっ、と、何度も吐く。
抑えていためまいが復活する。
貴明は死んでいる。
死んでいる。
……死んで、いる。
死に装束をまとった、骨のことを思い出す。
あれが幻覚ではなかったというのだろうか。
あれが、あれこそが、真実だったと?
(信じたくない。でも――私、心のどこかでは、知っていた)
みゆきの頭の中に、どっと過去の違和感が押し寄せてくる。
飛びこんで来た戦死電報。
消えた提灯と、自分が化け物だと言いたげだった貴明。
帰ってきて以降の貴明は、軍本部に行くと言ってはいたが、上官や同期を連れてくることはけしてなかった。
ナオが『若いのに階級が高い』と言った、貴明の階級は、少佐。
一年前の貴明は、二階級下の中尉だった。
戦死した者は二階級特進といって、二階級出世すると聞いたことがある……。
「あれが何をしたのか、知りたくはないですか」
白髪の人物の声に、みゆきは顔を跳ね上げる。
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