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第二章 祝言と黒い猫
14 貴明と六朗
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「茶?」
六朗が思い切り顔をしかめて聞き返す。
貴明は浅くうなずいた。
「茶と、できれば簡単な握り飯でもあれば、みゆきに持っていきたい」
「みゆきに、茶と握り飯を持っていく……」
「不満か?」
初夜が明けて、みゆきが再び寝入ったあとのこと。
昨日の後片付け真っ最中の厨で、貴明と六朗は向き合っている。
貴明は寝間着を着流しに着替えて涼やかな姿だが、六朗は二日酔いで目の下に隈を作っていた。
昨晩の宴会がおそらく朝まで続いたのだろう。
六朗はどんよりとした目で貴明を見上げ、不満げな声を出した。
「お嬢のために、お茶やら握り飯やら用意するのにゃ、なーんも不満はねぇよ。だけどなあ、てめえ。今、何時だと思ってやがる?」
「まだ昼時ではない」
貴明は、ちらっと壁の時計を見やって答えた。
六朗は大いに引きつり、ぐいっと顎を突き出してメンチを切る。
「確かに昼時前だよなあ、よくできました。でもって? お嬢が起きてこられなくて? てめえがメシを取りに来る?」
「亭主らしくない振る舞いだろうか?」
「んなことは言ってねぇよ!! みゆきにどんだけ無理させたんだっつってんだ、コラ!!」
青筋を立てて怒鳴るところを見ると、六朗は間違いなく極道だ。
瞳の強さと暗さと言い、人を脅し慣れた声音と言い、なかなかの圧を感じる。
それなのに貴明は柳のようにすべてを受け流し、しれっと答えた。
「悪いとは思っている。だから、できるだけのことをする」
「くっそ、言い訳もしねえで、女に気遣いはするのかよ!? いい男だな、てめぇ!!」
やけっぱちのように六朗が怒鳴ると、さすがに厨で働く者たちの視線が集中する。
「六朗兄貴、うるせぇよ!!」
「男の嫉妬は醜いぜぇ~」
「だぁってろ! みゆきのことで俺がうるさくなくなったら、そんときゃこの世の終わりよ!!」
貫禄もなにもなく怒鳴り散らしてから、六朗は花見弁当の重箱を貴明に押しつける。
「もってけ泥棒! どうせこんなこったろうってんで、朝メシはこの中だ!」
「六朗は相変わらず、察しも性格もいい奴だな。いい男だ」
「くわーーーーー! てめえは相変わらずひでぇ男だよ!! はよいけ!!」
「恩に着る。お前には、けして迷惑をかけない」
淡々と言い、貴明は六朗に背を向けた。
その態度がどこか引っかかったのかも知れない。
六朗は難しい顔になって、貴明を呼び止める。
「待てよ、貴明」
「なんだ?」
「てめえ、何をいきなり水くせぇこと言ってんだ? 俺には迷惑かけてもいいだろ。てめえは、みゆきに迷惑かけねえことだけ考えてりゃいいんだよ」
貴明は六朗の顔をまじまじと見たのち、どこか感心したように言う。
「やっぱり六朗はいい奴だ」
「そりゃそうだけどよぉ……って、おい、返事くらい聞いてから行けっての!!」
釈然としない六朗を置いて、貴明は離れに戻った。
障子を開けると、すう、すう、と、規則的な寝息が聞こえてくる。
長く美しい黒髪をばらまいて眠っているのは、みゆきだ。
先ほどの甘いやりとりに疲れてしまったのか、すぐには起きそうにもない。
貴明は慎重に弁当と茶を脇へ置き、みゆきの枕元にあぐらをかく。
見下ろしたみゆきは美しい。
健康的な肌は色艶がよく、化粧なしでも絹を触るかのような手触りだった。
まろやかな頬はうっすら赤く、薄く開いた唇はなんともいえず愛らしい形をしている。
(咲いたばかりの花だ。傷みも、穢れも、少しもない)
彼女の姿を見ると、貴明はどんな気持ちになっていいのかわからなくなる。
愛おしいのは確かなことだ。
初めて出会ったそのときから、みゆきは途方もなく愛おしい存在だった。
六朗が思い切り顔をしかめて聞き返す。
貴明は浅くうなずいた。
「茶と、できれば簡単な握り飯でもあれば、みゆきに持っていきたい」
「みゆきに、茶と握り飯を持っていく……」
「不満か?」
初夜が明けて、みゆきが再び寝入ったあとのこと。
昨日の後片付け真っ最中の厨で、貴明と六朗は向き合っている。
貴明は寝間着を着流しに着替えて涼やかな姿だが、六朗は二日酔いで目の下に隈を作っていた。
昨晩の宴会がおそらく朝まで続いたのだろう。
六朗はどんよりとした目で貴明を見上げ、不満げな声を出した。
「お嬢のために、お茶やら握り飯やら用意するのにゃ、なーんも不満はねぇよ。だけどなあ、てめえ。今、何時だと思ってやがる?」
「まだ昼時ではない」
貴明は、ちらっと壁の時計を見やって答えた。
六朗は大いに引きつり、ぐいっと顎を突き出してメンチを切る。
「確かに昼時前だよなあ、よくできました。でもって? お嬢が起きてこられなくて? てめえがメシを取りに来る?」
「亭主らしくない振る舞いだろうか?」
「んなことは言ってねぇよ!! みゆきにどんだけ無理させたんだっつってんだ、コラ!!」
青筋を立てて怒鳴るところを見ると、六朗は間違いなく極道だ。
瞳の強さと暗さと言い、人を脅し慣れた声音と言い、なかなかの圧を感じる。
それなのに貴明は柳のようにすべてを受け流し、しれっと答えた。
「悪いとは思っている。だから、できるだけのことをする」
「くっそ、言い訳もしねえで、女に気遣いはするのかよ!? いい男だな、てめぇ!!」
やけっぱちのように六朗が怒鳴ると、さすがに厨で働く者たちの視線が集中する。
「六朗兄貴、うるせぇよ!!」
「男の嫉妬は醜いぜぇ~」
「だぁってろ! みゆきのことで俺がうるさくなくなったら、そんときゃこの世の終わりよ!!」
貫禄もなにもなく怒鳴り散らしてから、六朗は花見弁当の重箱を貴明に押しつける。
「もってけ泥棒! どうせこんなこったろうってんで、朝メシはこの中だ!」
「六朗は相変わらず、察しも性格もいい奴だな。いい男だ」
「くわーーーーー! てめえは相変わらずひでぇ男だよ!! はよいけ!!」
「恩に着る。お前には、けして迷惑をかけない」
淡々と言い、貴明は六朗に背を向けた。
その態度がどこか引っかかったのかも知れない。
六朗は難しい顔になって、貴明を呼び止める。
「待てよ、貴明」
「なんだ?」
「てめえ、何をいきなり水くせぇこと言ってんだ? 俺には迷惑かけてもいいだろ。てめえは、みゆきに迷惑かけねえことだけ考えてりゃいいんだよ」
貴明は六朗の顔をまじまじと見たのち、どこか感心したように言う。
「やっぱり六朗はいい奴だ」
「そりゃそうだけどよぉ……って、おい、返事くらい聞いてから行けっての!!」
釈然としない六朗を置いて、貴明は離れに戻った。
障子を開けると、すう、すう、と、規則的な寝息が聞こえてくる。
長く美しい黒髪をばらまいて眠っているのは、みゆきだ。
先ほどの甘いやりとりに疲れてしまったのか、すぐには起きそうにもない。
貴明は慎重に弁当と茶を脇へ置き、みゆきの枕元にあぐらをかく。
見下ろしたみゆきは美しい。
健康的な肌は色艶がよく、化粧なしでも絹を触るかのような手触りだった。
まろやかな頬はうっすら赤く、薄く開いた唇はなんともいえず愛らしい形をしている。
(咲いたばかりの花だ。傷みも、穢れも、少しもない)
彼女の姿を見ると、貴明はどんな気持ちになっていいのかわからなくなる。
愛おしいのは確かなことだ。
初めて出会ったそのときから、みゆきは途方もなく愛おしい存在だった。
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