7 / 66
第二章 祝言と黒い猫
7 祝言
しおりを挟む
「いやあ、めでてぇ! もはやこのめでたさは、盆と正月が百回まとめて来たくらいじゃあねえか? それともあれか、百一回目くらいか? どうだ、六朗?」
「はいはいはい、そのネタ、今のでもう六回目ですよ!!」
羽織袴の六朗が、額に青筋を立てて忍宮組組長に酒をつぐ。
「それだけめでてぇってことだろうがよぉ! 俺のみゆきが、あの貴坊とくっつくたぁ、これよりめでてぇことはねぇ!! くそぉ、こんなもんじゃ騒ぎたりねぇ! 祭りだ!! 矢でも鉄砲でも持ってこいやぁ!!」
「暴れるんじゃねえっつってんだろーが、莫迦オヤジ!! 戦争してんじゃねえんだよ!!」
六朗は叫び、みゆきはおろおろと口を挟む。
「お父さま、落ち着いて。歳なんだから、あんまり騒ぐと寿命が縮みます!」
「なんだとぉ!?……ま、みゆきの頼みなら落ち着くか」
白髪を粋に刈り上げた組長は、みゆきに言われるとすとんと座布団に落ち着いた。
六朗は愛嬌のある垂れ目の顔をひくつかせ、ばん、と畳を叩く。
「そこで落ち着くんかい!!」
周囲はどっと笑いに包まれ、何度目かもわからない乾杯の声が響いた。
(ああ……久しぶりだな、この感じ)
どこまでも親密で賑々しい雰囲気に、みゆきは安堵の息を吐く。
貴明が帰ってきた、と知った忍宮組は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
ひとりひとりの組員が貴明との再会を喜び、組長は何度もうなずきながら貴明の腕をさすり、『待ってたぜ』と繰り返した。
その後はとにかくバタバタと、最速でみゆきとの祝言を執り行うことになったのだ。
本日の忍宮組は朝からご近所さんやら縁のひとびとでごった返し、夜になってやっと、身内での宴会となった。
「それにしたって人騒がせだよなぁ。戦死電報が誤報とか」
「結構あることらしいぜ? 死体に顔があるとはかぎらねぇじゃねえか」
「ちげえねえな。ま、貴が無事で何よりだぜ」
みゆきはきわどい話題で盛り上がる組員たちを見渡し、次にそっと隣を見る。
(やっぱり、いる。本当に、いる。私の隣に)
念願の花嫁衣装をまとったみゆきの隣には、漆黒の紋付き姿の貴明が座っていた。
無骨な軍服を脱いだ貴明は、これまたなんとも言えぬ色香をにじませている。
紋付きの漆黒が生来のしなやかさ、繊細さを匂い立たせているのに、動作はきびきびと気持ちがよいのだ。
時々それが舞いを舞っているようにも見えて、みゆきは陶然としてしまう。
と、そのとき、みゆきの頭に、こつんと何かが当たった。
「いたっ」
みゆきが小さな声を上げて頭を押さえる。
途端に貴明はみゆきの肩を抱いて頭上を見上げ、組の男達はざわついた。
「なんだ!? 何が落ちてきた?」
「おい、お嬢を守れ!」
「だ、大丈夫! 大丈夫よ。貴明さんがいるし……ほら、ただの小石だわ」
みゆきは床を探り、頭上から落ちてきた爪ほどの大きさの小石を拾った。
「きっと天井に穴でも空いているのね。運が悪くて困ってしまう」
あはは、と明るく笑うみゆきだが、男達の顔はすっきりしない。
父である組長も、難しい顔で天井とみゆきを見比べた。
「掃除はしっかりさせてるはずだが、もう一度総点検しなきゃあならねえな」
「へい、親分!」
「お嬢のためなら、いつでも!」
真剣に声を合わせる男達を見ると、みゆきの涙腺は緩んだ。
家族同然の彼らがいたからこそ、貴明のいない一年も、耐えてこられたのだと思う。
みゆきは涙のにじんだ目尻をきゅっと指で拭くと、座り直して深々と頭を下げた。
「みんな、本当にありがとう。これだけ不運な私が生きて祝言を迎えられるのは、みんなのおかげです。このご恩、一生忘れはいたしません」
「お嬢、お顔をお上げなすって! 俺たちは誰も、迷惑だなんて思ってやしませんよ」
六朗が困ったような声を出し、組員たちも、そうだそうだとうなずき合う。
そんな皆の様子を見渡し、組長がばしんと自分の膝を叩いた。
「湿っぽいのはここでしまいだ! みゆきと貴はそろそろ引っ込め! 残った野郎どもは、俺に朝まで付き合ってもらうぜ!!」
「はいはいはい、そのネタ、今のでもう六回目ですよ!!」
羽織袴の六朗が、額に青筋を立てて忍宮組組長に酒をつぐ。
「それだけめでてぇってことだろうがよぉ! 俺のみゆきが、あの貴坊とくっつくたぁ、これよりめでてぇことはねぇ!! くそぉ、こんなもんじゃ騒ぎたりねぇ! 祭りだ!! 矢でも鉄砲でも持ってこいやぁ!!」
「暴れるんじゃねえっつってんだろーが、莫迦オヤジ!! 戦争してんじゃねえんだよ!!」
六朗は叫び、みゆきはおろおろと口を挟む。
「お父さま、落ち着いて。歳なんだから、あんまり騒ぐと寿命が縮みます!」
「なんだとぉ!?……ま、みゆきの頼みなら落ち着くか」
白髪を粋に刈り上げた組長は、みゆきに言われるとすとんと座布団に落ち着いた。
六朗は愛嬌のある垂れ目の顔をひくつかせ、ばん、と畳を叩く。
「そこで落ち着くんかい!!」
周囲はどっと笑いに包まれ、何度目かもわからない乾杯の声が響いた。
(ああ……久しぶりだな、この感じ)
どこまでも親密で賑々しい雰囲気に、みゆきは安堵の息を吐く。
貴明が帰ってきた、と知った忍宮組は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
ひとりひとりの組員が貴明との再会を喜び、組長は何度もうなずきながら貴明の腕をさすり、『待ってたぜ』と繰り返した。
その後はとにかくバタバタと、最速でみゆきとの祝言を執り行うことになったのだ。
本日の忍宮組は朝からご近所さんやら縁のひとびとでごった返し、夜になってやっと、身内での宴会となった。
「それにしたって人騒がせだよなぁ。戦死電報が誤報とか」
「結構あることらしいぜ? 死体に顔があるとはかぎらねぇじゃねえか」
「ちげえねえな。ま、貴が無事で何よりだぜ」
みゆきはきわどい話題で盛り上がる組員たちを見渡し、次にそっと隣を見る。
(やっぱり、いる。本当に、いる。私の隣に)
念願の花嫁衣装をまとったみゆきの隣には、漆黒の紋付き姿の貴明が座っていた。
無骨な軍服を脱いだ貴明は、これまたなんとも言えぬ色香をにじませている。
紋付きの漆黒が生来のしなやかさ、繊細さを匂い立たせているのに、動作はきびきびと気持ちがよいのだ。
時々それが舞いを舞っているようにも見えて、みゆきは陶然としてしまう。
と、そのとき、みゆきの頭に、こつんと何かが当たった。
「いたっ」
みゆきが小さな声を上げて頭を押さえる。
途端に貴明はみゆきの肩を抱いて頭上を見上げ、組の男達はざわついた。
「なんだ!? 何が落ちてきた?」
「おい、お嬢を守れ!」
「だ、大丈夫! 大丈夫よ。貴明さんがいるし……ほら、ただの小石だわ」
みゆきは床を探り、頭上から落ちてきた爪ほどの大きさの小石を拾った。
「きっと天井に穴でも空いているのね。運が悪くて困ってしまう」
あはは、と明るく笑うみゆきだが、男達の顔はすっきりしない。
父である組長も、難しい顔で天井とみゆきを見比べた。
「掃除はしっかりさせてるはずだが、もう一度総点検しなきゃあならねえな」
「へい、親分!」
「お嬢のためなら、いつでも!」
真剣に声を合わせる男達を見ると、みゆきの涙腺は緩んだ。
家族同然の彼らがいたからこそ、貴明のいない一年も、耐えてこられたのだと思う。
みゆきは涙のにじんだ目尻をきゅっと指で拭くと、座り直して深々と頭を下げた。
「みんな、本当にありがとう。これだけ不運な私が生きて祝言を迎えられるのは、みんなのおかげです。このご恩、一生忘れはいたしません」
「お嬢、お顔をお上げなすって! 俺たちは誰も、迷惑だなんて思ってやしませんよ」
六朗が困ったような声を出し、組員たちも、そうだそうだとうなずき合う。
そんな皆の様子を見渡し、組長がばしんと自分の膝を叩いた。
「湿っぽいのはここでしまいだ! みゆきと貴はそろそろ引っ込め! 残った野郎どもは、俺に朝まで付き合ってもらうぜ!!」
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる