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第二章 祝言と黒い猫
7 祝言
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「いやあ、めでてぇ! もはやこのめでたさは、盆と正月が百回まとめて来たくらいじゃあねえか? それともあれか、百一回目くらいか? どうだ、六朗?」
「はいはいはい、そのネタ、今のでもう六回目ですよ!!」
羽織袴の六朗が、額に青筋を立てて忍宮組組長に酒をつぐ。
「それだけめでてぇってことだろうがよぉ! 俺のみゆきが、あの貴坊とくっつくたぁ、これよりめでてぇことはねぇ!! くそぉ、こんなもんじゃ騒ぎたりねぇ! 祭りだ!! 矢でも鉄砲でも持ってこいやぁ!!」
「暴れるんじゃねえっつってんだろーが、莫迦オヤジ!! 戦争してんじゃねえんだよ!!」
六朗は叫び、みゆきはおろおろと口を挟む。
「お父さま、落ち着いて。歳なんだから、あんまり騒ぐと寿命が縮みます!」
「なんだとぉ!?……ま、みゆきの頼みなら落ち着くか」
白髪を粋に刈り上げた組長は、みゆきに言われるとすとんと座布団に落ち着いた。
六朗は愛嬌のある垂れ目の顔をひくつかせ、ばん、と畳を叩く。
「そこで落ち着くんかい!!」
周囲はどっと笑いに包まれ、何度目かもわからない乾杯の声が響いた。
(ああ……久しぶりだな、この感じ)
どこまでも親密で賑々しい雰囲気に、みゆきは安堵の息を吐く。
貴明が帰ってきた、と知った忍宮組は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
ひとりひとりの組員が貴明との再会を喜び、組長は何度もうなずきながら貴明の腕をさすり、『待ってたぜ』と繰り返した。
その後はとにかくバタバタと、最速でみゆきとの祝言を執り行うことになったのだ。
本日の忍宮組は朝からご近所さんやら縁のひとびとでごった返し、夜になってやっと、身内での宴会となった。
「それにしたって人騒がせだよなぁ。戦死電報が誤報とか」
「結構あることらしいぜ? 死体に顔があるとはかぎらねぇじゃねえか」
「ちげえねえな。ま、貴が無事で何よりだぜ」
みゆきはきわどい話題で盛り上がる組員たちを見渡し、次にそっと隣を見る。
(やっぱり、いる。本当に、いる。私の隣に)
念願の花嫁衣装をまとったみゆきの隣には、漆黒の紋付き姿の貴明が座っていた。
無骨な軍服を脱いだ貴明は、これまたなんとも言えぬ色香をにじませている。
紋付きの漆黒が生来のしなやかさ、繊細さを匂い立たせているのに、動作はきびきびと気持ちがよいのだ。
時々それが舞いを舞っているようにも見えて、みゆきは陶然としてしまう。
と、そのとき、みゆきの頭に、こつんと何かが当たった。
「いたっ」
みゆきが小さな声を上げて頭を押さえる。
途端に貴明はみゆきの肩を抱いて頭上を見上げ、組の男達はざわついた。
「なんだ!? 何が落ちてきた?」
「おい、お嬢を守れ!」
「だ、大丈夫! 大丈夫よ。貴明さんがいるし……ほら、ただの小石だわ」
みゆきは床を探り、頭上から落ちてきた爪ほどの大きさの小石を拾った。
「きっと天井に穴でも空いているのね。運が悪くて困ってしまう」
あはは、と明るく笑うみゆきだが、男達の顔はすっきりしない。
父である組長も、難しい顔で天井とみゆきを見比べた。
「掃除はしっかりさせてるはずだが、もう一度総点検しなきゃあならねえな」
「へい、親分!」
「お嬢のためなら、いつでも!」
真剣に声を合わせる男達を見ると、みゆきの涙腺は緩んだ。
家族同然の彼らがいたからこそ、貴明のいない一年も、耐えてこられたのだと思う。
みゆきは涙のにじんだ目尻をきゅっと指で拭くと、座り直して深々と頭を下げた。
「みんな、本当にありがとう。これだけ不運な私が生きて祝言を迎えられるのは、みんなのおかげです。このご恩、一生忘れはいたしません」
「お嬢、お顔をお上げなすって! 俺たちは誰も、迷惑だなんて思ってやしませんよ」
六朗が困ったような声を出し、組員たちも、そうだそうだとうなずき合う。
そんな皆の様子を見渡し、組長がばしんと自分の膝を叩いた。
「湿っぽいのはここでしまいだ! みゆきと貴はそろそろ引っ込め! 残った野郎どもは、俺に朝まで付き合ってもらうぜ!!」
「はいはいはい、そのネタ、今のでもう六回目ですよ!!」
羽織袴の六朗が、額に青筋を立てて忍宮組組長に酒をつぐ。
「それだけめでてぇってことだろうがよぉ! 俺のみゆきが、あの貴坊とくっつくたぁ、これよりめでてぇことはねぇ!! くそぉ、こんなもんじゃ騒ぎたりねぇ! 祭りだ!! 矢でも鉄砲でも持ってこいやぁ!!」
「暴れるんじゃねえっつってんだろーが、莫迦オヤジ!! 戦争してんじゃねえんだよ!!」
六朗は叫び、みゆきはおろおろと口を挟む。
「お父さま、落ち着いて。歳なんだから、あんまり騒ぐと寿命が縮みます!」
「なんだとぉ!?……ま、みゆきの頼みなら落ち着くか」
白髪を粋に刈り上げた組長は、みゆきに言われるとすとんと座布団に落ち着いた。
六朗は愛嬌のある垂れ目の顔をひくつかせ、ばん、と畳を叩く。
「そこで落ち着くんかい!!」
周囲はどっと笑いに包まれ、何度目かもわからない乾杯の声が響いた。
(ああ……久しぶりだな、この感じ)
どこまでも親密で賑々しい雰囲気に、みゆきは安堵の息を吐く。
貴明が帰ってきた、と知った忍宮組は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
ひとりひとりの組員が貴明との再会を喜び、組長は何度もうなずきながら貴明の腕をさすり、『待ってたぜ』と繰り返した。
その後はとにかくバタバタと、最速でみゆきとの祝言を執り行うことになったのだ。
本日の忍宮組は朝からご近所さんやら縁のひとびとでごった返し、夜になってやっと、身内での宴会となった。
「それにしたって人騒がせだよなぁ。戦死電報が誤報とか」
「結構あることらしいぜ? 死体に顔があるとはかぎらねぇじゃねえか」
「ちげえねえな。ま、貴が無事で何よりだぜ」
みゆきはきわどい話題で盛り上がる組員たちを見渡し、次にそっと隣を見る。
(やっぱり、いる。本当に、いる。私の隣に)
念願の花嫁衣装をまとったみゆきの隣には、漆黒の紋付き姿の貴明が座っていた。
無骨な軍服を脱いだ貴明は、これまたなんとも言えぬ色香をにじませている。
紋付きの漆黒が生来のしなやかさ、繊細さを匂い立たせているのに、動作はきびきびと気持ちがよいのだ。
時々それが舞いを舞っているようにも見えて、みゆきは陶然としてしまう。
と、そのとき、みゆきの頭に、こつんと何かが当たった。
「いたっ」
みゆきが小さな声を上げて頭を押さえる。
途端に貴明はみゆきの肩を抱いて頭上を見上げ、組の男達はざわついた。
「なんだ!? 何が落ちてきた?」
「おい、お嬢を守れ!」
「だ、大丈夫! 大丈夫よ。貴明さんがいるし……ほら、ただの小石だわ」
みゆきは床を探り、頭上から落ちてきた爪ほどの大きさの小石を拾った。
「きっと天井に穴でも空いているのね。運が悪くて困ってしまう」
あはは、と明るく笑うみゆきだが、男達の顔はすっきりしない。
父である組長も、難しい顔で天井とみゆきを見比べた。
「掃除はしっかりさせてるはずだが、もう一度総点検しなきゃあならねえな」
「へい、親分!」
「お嬢のためなら、いつでも!」
真剣に声を合わせる男達を見ると、みゆきの涙腺は緩んだ。
家族同然の彼らがいたからこそ、貴明のいない一年も、耐えてこられたのだと思う。
みゆきは涙のにじんだ目尻をきゅっと指で拭くと、座り直して深々と頭を下げた。
「みんな、本当にありがとう。これだけ不運な私が生きて祝言を迎えられるのは、みんなのおかげです。このご恩、一生忘れはいたしません」
「お嬢、お顔をお上げなすって! 俺たちは誰も、迷惑だなんて思ってやしませんよ」
六朗が困ったような声を出し、組員たちも、そうだそうだとうなずき合う。
そんな皆の様子を見渡し、組長がばしんと自分の膝を叩いた。
「湿っぽいのはここでしまいだ! みゆきと貴はそろそろ引っ込め! 残った野郎どもは、俺に朝まで付き合ってもらうぜ!!」
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