【完結】冷徹宰相と淫紋Hで死亡フラグを『神』回避!? ~鬱エロゲー溺愛ルート開発~

愛染乃唯

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 私はゆっくりと、慎重に皇帝に歩み寄る。
  近づけば近づくほど、血の臭いが濃くなった。
 ここは、今の私にとっては現実だ。
 
「皇帝陛下。……いいえ、『プレイヤー』さん」

 まだ少し躊躇いながら、私は皇帝に声をかける。
 皇帝はのろりと眼球だけを動かし、私を見た。

「……よぉ。なんだ? これ以上、俺に恨みごとでも、言いたいの……?」

 彼が乾いた唇を動かすと、その縁に血がにじんでいくのが見える。
 この世界で、彼があとどれくらい生きられるかはわからない。
 わかるのは、皇帝に、確実に死が近づいてきている、ということ。
 私は、一度強く唇を噛んでから続けた。

「恨み言は、もうありません。ただ、知りたいんです。あなたは……あなたも、この世界に転生してきた人なんでしょう?」

「ふ。ふふ。まー、そう、だなあ……」

 うなだれる皇帝から、静かに力が抜けていく。声もか細くなっていく。
 私は焦って彼に駆け寄り、地面に這いつくばって視線を合わせた。

「だったら! あなたも、この世界が好きだったんですよね? 私と同じ、ファンだったんですよね?」

「ぷ、は、ははは……。この期に及んで、んなことかよぉ……」

 自嘲的に笑う皇帝からは、毒気が抜けかけてきている。
 待って、と思う。
 待って。あと少しだけ、待って欲しい。
 私は、あなたに聞きたいことがある。それは――。

「私にとっては大事なことです! 私はヴィンセント様を殺させるわけにはいかない。だから、こんな結末になりました。でも、あなたはただ、この世界でプレイヤー役をやっただけだとしたら……」

 だとしたら。
 私は、同志を殺してしまったことになる。
 ただただロールプレイしているだけの、カタエンファンを。

 私が震える唇で続けようとしたとき、ぎらりと皇帝の目が光った。

「俺は、カタエンファンじゃねえ」

「え? じゃあ……」

 混乱する私に、皇帝はひどく意外なことを言った。

「シナリオライターだよ」

 シナリオ、ライター。
 シナリオを書く人。
 つまりそれって、皇帝の中の人が、カタエンのお話を、作った人……ってこと?

「……カタエンの制作陣? っていうことは、私の、神……!?」

 自分の目が、どんどん丸くなっていくのを感じる。
 一方の皇帝は、苦々しく吐き捨てた。

「神じゃねえ、ボケ! そもそも俺は、こんなクソゲー大っ嫌いなんだよ! 題材が安易だし、女のキャラもテンプレばっか! 個性的なプロットを出せっつーから気合いを入れて出したら、そうじゃねえんだとか思ったんと違うとかぐだぐだ抜かしやがって結局プロットもテンプレになるし、他の無能のしわ寄せは全部俺に来るし、夜は寝れねえし、昼も寝れねぇし、金は安いし、出し渋るし!!」

「それは……酷いですね。主に、労働環境が」

 私が素直に認めると、皇帝は派手にゆがんだ笑みを浮かべる。

「だなあ……。おかげで、過労死しちまった」

「え」

 不意打ちに、ぎょっとする私。
 皇帝は何度か咳き込み、血の固まりをべしょりと吐き出してから続けた。

「で、死ぬときに願ったの。このゲームの皇帝に転生して、ゲーム世界を何もかもめちゃくちゃにしてからあの世に行きてぇ、ってさ。その願いは叶ったように思えたけど、最後はこれだ。復讐も満足にできねえようじゃ、もうどうにもなんねーや。……半端な人生だったなぁ……」

 語るほどに、彼の声は投げやりになっていく。
 聞けば聞くほど、皇帝の中の人の気持ちは、理解できる気がした。
 私もブラック企業で働きながら、何もかもをめちゃくちゃにしてやりたいと思いながら生きていた。カタエンがなければ、ヴィンセントがいなければ、カジュアルに近所に火付けしていた可能性もある。

「お前、俺に死んでほしーだろ?」

「えっ」

 急に聞かれて、言葉に詰まってしまった。
 皇帝は、そんな私を見てうっすらと笑う。

「俺はもういいから、死んでやる。……幸せになれよ」

 そう告げて、皇帝は胸に刺さった短剣の柄を握った。
 本気だ、と思った瞬間、私は叫んでいた。

「……待って!!」

 私の叫びとほとんど同時に、ヴィンセントの手が伸びる。
 ヴィンセントは皇帝の腕を鮮やかにひねり上げると、床に押さえつけてしまった。

「放せ、バカ力……」

 皇帝は脂汗を浮かべ、苦しげにうめいく。
 ヴィンセントはその横顔をじっと見つめ、何かを言おうと唇を開く。
 そこから声がこぼれる前に、今度は階段下から声がした。

「その人、放さないで下さいね。冷徹宰相さん」

 場にそぐわない、おっとりとした品のいい声だ。
 私とヴィンセントは、ほとんど同時に声の方を見た。
 そして、ほとんど同時にぽかんとした――と、思う。
 階段下にいたのは、長いローブをまとって、現代風の眼鏡をかけた青年だ。

 私はこの人を知っている。
 確実に、会ったことがある。
 でも、なぜ、ヴィンセントも知り合いを見る目で彼を見ているんだろう。
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