【完結】冷徹宰相と淫紋Hで死亡フラグを『神』回避!? ~鬱エロゲー溺愛ルート開発~

愛染乃唯

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 口の中で、私の古い名前がとろけていく。
 嫌な思い出で塗り固められた名前が、とろけて、ほどけて、甘い甘い味になっていく。
 ヴィンセントと、私と、両方の体の中に吸いこまれて消えていく。

 気付けば私たちは、必死に相手の唇を求めていた。
 ここがどこだろうが、誰が見ていようが、関係なかった。
 このままセックスしたっていい。
 別に、全然構わない。
 それくらい、自分たちしかこの世界にはいなかった。

 幸せだ――私は、あなたが、すき。あなたも……私が、好き。

「っ……! やめろ……!!」

 絞り出したような声が響いたかと思うと、じゃりん、と鎖が鳴る。

「痛っ……!!」

 ギリギリギリ……と、私の両手をいましめていた鎖が巻き上げられる。
 手首に酷い負荷がかかり、痛みが全身を貫いた。
 私は歯を食いしばりながら、つま先立ちになって痛みに耐える。 

「!」

 ヴィンセントはすぐに私の腰を抱き、体を支えてくれた。
 痛みがなくなり、私はほっと一息吐く。

 が、皇帝はそんな私たちを許さなかった。

「やめろやめろやめろやめろ!! そんなもんを見せつけるんじゃねえ! 真実の愛みてーなのは要らねえんだよ! 必要とされてねえんだ、この世界では! 要らねえものはみんなゴミなんだよ、無駄に光って目立つんじゃねえ!!」

 目を血走らせて怒鳴りながら、皇帝は自分が捨てた剣を拾い上げる。
 彼の瞳の色がひどく暗くなっているのを見て、私はぞっとした。

 このひとは本気だ。
 このひとは本気で、人を殺す気だ。

 どうしよう。どうする――どうにも、ならない。

 普通ならおびえなければいけないところだが、ヴィンセントに抱かれているせいで変に安心してしまっている自分もいる。このまま死ぬなら、幸せかもしれない――とすら思う。

 でも、でも、できることなら、ヴィンセントには生きて欲しい。
 そして、もしも可能なら……私も。
 ヴィンセントと共に生き残った先を、見たい……。

 ヴィンセントが、私を抱く腕に力をこめて言う。

「頼みがある。これから、わたしの言う通りに言ってくれ」

「はい……?」

 なんだろう。戸惑いつつも、うなずく私。
 ヴィンセントの声は妙に落ち着いている。何か勝算があるかのようだ。
 ヴィンセントは、厳かに囁く。

「凍てつく稲妻、正当なる皇位後継者のもとへはせ参じよ」

「……? 凍てつく稲妻……」

 私が繰り返す間にも、ぐんぐん皇帝は近づいてくる。

「ここで正しいのは、俺のほうだ。消えろ!!」

 唾を散らして叫び、皇帝は剣を振りかぶった。
 ぎらり、と剣が光り、あまりのまぶしさに私は目が開けられなくなってしまう。
 私は縮み上がり、ヴィンセントの肩に顔を伏せたまま、必死に叫んだ。

「正当なる皇位後継者のもとへ、はせ参じよ!!」

 叫んだ直後――どすん、という、剣が肉に刺さる音が、した。

「っ……」

「はあ? なに、これ」

 私は息を呑んで縮こまり、皇帝が妙に高い声でつぶやく。
 辺りを支配していた光が、静かに引いていく気配。
 私がうっすらと目を開くと――皇帝は、私たちの足下に膝を突いていた。

 皇帝の薄っぺらい胸には、きらきら光るきれいな短剣が刺さっている。
 以前、私がヴィンセントからもらった短剣が。

「え、なんで? 何? この短剣……私が、ヴィンセントさまから頂いた……?」

 ゆるゆると混乱が這い上ってくる。
 私のつぶやきに、ヴィンセントがうなずく。

「そうだ。お前に渡した短剣だ。皇帝とその正当な継承者を守るよう、魔法がかけられている。こいつは正当な皇位継承を行っていないゆえ、短剣はお前のほうを守ったのだ」

「な、なるほど……」

 まだまだ混乱しながら、私はつぶやく。

「苦しかっただろう。今下ろす」

 ヴィンセントは私のこめかみに軽くキスすると、私をつり上げていた鎖を緩め、手かせを取ってくれた。手首はすっかり赤くなっていたけれど、ヴィンセントが大きな手でそっとさすってくれる。
 心地よさのあまり、私は目を細めてしまった。
 ヴィンセントは私の手をとったまま、美しいまつげを伏せて囁きかけてくる。

「エレナ……ここではあえて、エレナと呼ばせてくれ。今こそ皆の前で、皇位継承の誓いをするのだ。短剣がお前を選んだ今なら、誰もが納得し、祝福するだろう。病んだ帝国を立て直すのだ」

 なるほど……そういう解決法があるのか。
 国のすべてを取り仕切っていたヴィンセントならではの結論だった。

「私が、皇帝になるんですか?」

 私が聞いてしまったのは、もちろん自信がないからだ。
 ただし、今の私はヴィンセントと結婚している。
 結婚。そう。結婚だ。
 自覚すると顔が赤くなってくるけれど、とにかく、書類上だけでも結婚したのだ。

 ヴィンセントと一緒なら、この国を治めることも、無茶ではないのかもしれない。
 私はじいっとヴィンセントを見つめる。
 ヴィンセントは、すべてをわかっている、という顔で、私の手を握りしめてくれた。

「嫌ならば、皇位継承ののちに、誰かにすべてをくれてやればいい。ふたりで遠くへ旅に出るのはどうだ? 夏の国はいいぞ。暑いがからっと乾いていて、よい風が吹く。お前にはよく似合うだろう」

 彼の囁きだけで、私の脳裏には美しい地中海沿いの都市が広がった。
 海辺に白い家々が立ち並び、レモンやオリーブが茂り、木々の間に乾いた風が吹いて、私たちは幸せな昼寝をする――。

「とっても素敵ですね。ただ、私には……その前に、やることが、あると思います」

 私はつぶやいた。

「何をしたい? 今のお前には、なんでもできる」

 ヴィンセントは言い、私を見守ってくれている。
 私は心を決めて、ヴィンセントから視線を逸らし、皇帝を見た。
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