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私は、はっとして目を開いた。
見れば、ヴィンセントは皇帝を見つめて冷静な様子だ。
「皇帝陛下。エレナがただのわたしの部下であったなら、もちろん陛下に身を捧げるのは仕方がありません。ですが、実は特殊な事情がございます」
特殊……?
思ったのと違うヴィンセントの反応に、私はうっすら目を開いた。
皇帝も意外だったのだろう。いらいらと訊ねる。
「特殊な事情ねえ。あのあともお前がエレナとヤってんのは知ってるけど? 他になんか面白いことって出てくる?」
「面白くはないかもしれませんが――」
ヴィンセントは目を伏せ、懐から丸まった羊皮紙を取り出した。赤いリボンをほどいて羊皮紙を広げると、そこには淡く光る二つの紋章が浮かび上がっている。
これは、なんだろう。
なんとなく見覚えがある気もする。書式も、紋章も。
ええっと、片方はヴィンセントの紋章だ。もう片方は、種類整理でひたすら見た。前皇妃から受け取った印章指輪に刻まれていたもの、か。つまり、前皇帝の紋章。
ヴィンセントは羊皮紙をぐるりと周囲の人々に見せると、はっきりと言った。
「わたしとエレナは、神に永遠の愛を誓っている身」
永遠の、愛。
永遠の……?
それは……私の世界では、結婚の決まり文句で。
でも、多分、勘違いだ。ここはエログロのゲーム世界で。
そうじゃなくても、こんなことがあるはずがない。
こんな、都合のいい夢みたいな……。
「わたしとエレナが別たれるときは、死別のみ。たとえ皇帝陛下であろうと、離婚か死別が成立していない限り、人の妻と交われば神罰が下るとされております。もちろん、陛下におかれましては、充分ご存じのことかと」
うろたえる私にダメ押しをするように言いつのり、ヴィンセントは一礼する。
私はまだ、呆然から戻ってくることができない。
「は……あ……!?」
皇帝も呆然としていたけれど、私よりは早く現実に復帰した。
目の色を変えて前に出て、猛然と喋り始める。
「いつの間にそんなん可能だった? お前ら宮廷内にずっといただろ? 結婚には神官と、立会人の印章が必要だ……お前の立場で、そのへんの兵士レベルを立会人にするのは認めねぇぞ!? 最低でも大臣、皇族レベルが必要だ。ほとんど俺が処刑を……」
「そうなんですの~。閣下の結婚は、わたくしと、前皇妃様が承認致しましたぁ」
のんびりした声が、扉のほうから飛んできた。
皇帝が頭を跳ね上げ、扉を見る。
そこには、神官服をまとった人々がたたずんでいる。シスター服によく似た神官服を着たリリアを筆頭に、屈強な神官兵たちが広間へ入ってきた。神官たちも徒党を組むと、かなりの威圧感がある。
色ボケ、酒ボケした近衛兵達が波のように割れて行き、リリアを通す。
皇帝は呆然とした顔で、リリアを見つめている。
「前皇妃だあ……?」
リリアは微笑む。
「そうですわぁ。聖女と皇族が承認すれば、まったく問題はございませんでしょう?」
「ふざけるな!! 前皇妃は俺に気があるんだ。俺を出し抜くようなことをするわけがねえだろうが!! リリア、てめぇもだぞ。なんだって俺に刃向かう?」
怒鳴る皇帝に、リリアはどこまでも笑みを深めた。
「陛下って、乙女心がまったくわかっていらっしゃらないんですのね。わたくし、陛下のそういうところが、だぁいすきです!」
「質問に答えろって言ってんだよ! なんだってザコ女とクソ宰相に味方する!」
皇帝は怒りをぶちまけ、手にしていた剣を床にたたき付ける。
リリアはヴィンセントの横まで来ると、にこにこと続けた。
「刃向かってはおりませんよ。私も前皇妃様も、皇帝陛下が大好きなのです。ですから、皇帝陛下には私たちだけで充分だと思って頂きたいのです! それに、宰相閣下はともかく、エレナ様はそのへんのザコではありませんの~」
「うるせえ、黙れ!!」
皇帝は子どもっぽく叫ぶと、血走った目で周囲を見渡す。
しん、と静まりかえる広間。
静まりかえりはするものの、誰かが皇帝を助けに来るわけでも、味方するわけでもない。ただ、息を呑んで様子を見るだけ。
ひとりぼっちの、子ども。
私はそんなことを考えた。
ヴィンセントはそんな皇帝を見上げ、重々しく口を開こうとする。
が、皇帝はそれより早く、ポケットから何かを取り出して、高く掲げた。
あれ……? あれ、は……?
「わかったよ。わかった。わかったって。お前達は、あれだな? 真実の愛を貫きますって、そういうことだな?」
皇帝は怒りに引きつった顔で、不器用に笑う。
そして、手にしたものを私のほうにも見せつけた。
それは、ボタンだった。
この世界にはそぐわない、近代的なデザインで――♥の描かれた、ボタン。
私の落とした、まぐわえボタンだ!!
皇帝はいびつな笑みを浮かべて、言う。
「だったらその愛、今すぐここで、俺に見せてくれよ」
見れば、ヴィンセントは皇帝を見つめて冷静な様子だ。
「皇帝陛下。エレナがただのわたしの部下であったなら、もちろん陛下に身を捧げるのは仕方がありません。ですが、実は特殊な事情がございます」
特殊……?
思ったのと違うヴィンセントの反応に、私はうっすら目を開いた。
皇帝も意外だったのだろう。いらいらと訊ねる。
「特殊な事情ねえ。あのあともお前がエレナとヤってんのは知ってるけど? 他になんか面白いことって出てくる?」
「面白くはないかもしれませんが――」
ヴィンセントは目を伏せ、懐から丸まった羊皮紙を取り出した。赤いリボンをほどいて羊皮紙を広げると、そこには淡く光る二つの紋章が浮かび上がっている。
これは、なんだろう。
なんとなく見覚えがある気もする。書式も、紋章も。
ええっと、片方はヴィンセントの紋章だ。もう片方は、種類整理でひたすら見た。前皇妃から受け取った印章指輪に刻まれていたもの、か。つまり、前皇帝の紋章。
ヴィンセントは羊皮紙をぐるりと周囲の人々に見せると、はっきりと言った。
「わたしとエレナは、神に永遠の愛を誓っている身」
永遠の、愛。
永遠の……?
それは……私の世界では、結婚の決まり文句で。
でも、多分、勘違いだ。ここはエログロのゲーム世界で。
そうじゃなくても、こんなことがあるはずがない。
こんな、都合のいい夢みたいな……。
「わたしとエレナが別たれるときは、死別のみ。たとえ皇帝陛下であろうと、離婚か死別が成立していない限り、人の妻と交われば神罰が下るとされております。もちろん、陛下におかれましては、充分ご存じのことかと」
うろたえる私にダメ押しをするように言いつのり、ヴィンセントは一礼する。
私はまだ、呆然から戻ってくることができない。
「は……あ……!?」
皇帝も呆然としていたけれど、私よりは早く現実に復帰した。
目の色を変えて前に出て、猛然と喋り始める。
「いつの間にそんなん可能だった? お前ら宮廷内にずっといただろ? 結婚には神官と、立会人の印章が必要だ……お前の立場で、そのへんの兵士レベルを立会人にするのは認めねぇぞ!? 最低でも大臣、皇族レベルが必要だ。ほとんど俺が処刑を……」
「そうなんですの~。閣下の結婚は、わたくしと、前皇妃様が承認致しましたぁ」
のんびりした声が、扉のほうから飛んできた。
皇帝が頭を跳ね上げ、扉を見る。
そこには、神官服をまとった人々がたたずんでいる。シスター服によく似た神官服を着たリリアを筆頭に、屈強な神官兵たちが広間へ入ってきた。神官たちも徒党を組むと、かなりの威圧感がある。
色ボケ、酒ボケした近衛兵達が波のように割れて行き、リリアを通す。
皇帝は呆然とした顔で、リリアを見つめている。
「前皇妃だあ……?」
リリアは微笑む。
「そうですわぁ。聖女と皇族が承認すれば、まったく問題はございませんでしょう?」
「ふざけるな!! 前皇妃は俺に気があるんだ。俺を出し抜くようなことをするわけがねえだろうが!! リリア、てめぇもだぞ。なんだって俺に刃向かう?」
怒鳴る皇帝に、リリアはどこまでも笑みを深めた。
「陛下って、乙女心がまったくわかっていらっしゃらないんですのね。わたくし、陛下のそういうところが、だぁいすきです!」
「質問に答えろって言ってんだよ! なんだってザコ女とクソ宰相に味方する!」
皇帝は怒りをぶちまけ、手にしていた剣を床にたたき付ける。
リリアはヴィンセントの横まで来ると、にこにこと続けた。
「刃向かってはおりませんよ。私も前皇妃様も、皇帝陛下が大好きなのです。ですから、皇帝陛下には私たちだけで充分だと思って頂きたいのです! それに、宰相閣下はともかく、エレナ様はそのへんのザコではありませんの~」
「うるせえ、黙れ!!」
皇帝は子どもっぽく叫ぶと、血走った目で周囲を見渡す。
しん、と静まりかえる広間。
静まりかえりはするものの、誰かが皇帝を助けに来るわけでも、味方するわけでもない。ただ、息を呑んで様子を見るだけ。
ひとりぼっちの、子ども。
私はそんなことを考えた。
ヴィンセントはそんな皇帝を見上げ、重々しく口を開こうとする。
が、皇帝はそれより早く、ポケットから何かを取り出して、高く掲げた。
あれ……? あれ、は……?
「わかったよ。わかった。わかったって。お前達は、あれだな? 真実の愛を貫きますって、そういうことだな?」
皇帝は怒りに引きつった顔で、不器用に笑う。
そして、手にしたものを私のほうにも見せつけた。
それは、ボタンだった。
この世界にはそぐわない、近代的なデザインで――♥の描かれた、ボタン。
私の落とした、まぐわえボタンだ!!
皇帝はいびつな笑みを浮かべて、言う。
「だったらその愛、今すぐここで、俺に見せてくれよ」
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