【完結】冷徹宰相と淫紋Hで死亡フラグを『神』回避!? ~鬱エロゲー溺愛ルート開発~

愛染乃唯

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 ごぉん……という鈍い響き。
 皇帝の側近たちがざわめく。
 誰かが「皇帝陛下!」と焦った声を出し、皇帝はしぶしぶと私から顔を離した。

「どうしたぁ」

「皇帝陛下! その……」

 しどろもどろになる側近を押しのけて、白い衣をまとった人が歩いてくる。
 薄暗い広間の中で、そのひとが、唯一きれいな光をまとった姿だった。
 幻かな、と思って何度かまばたきをした。
 彼は何度瞬きをしても消えなかったけれど、私の目のほうが涙でにじんできてしまう。
 私は涙でぼやけた人に向かって、叫んだ。

「ヴィンセント様!! 助けてください!」

「待たせてすまなかった、エレナ!」

 ヴィンセントの美声は、大きな弦楽器の音みたいに響き渡る。
 焦りも、怒りも、悲しみも、すべての感情を含んだうえで、威厳のある声だった。
 それが、不思議なくらい嬉しくて。
 私はぼろぼろと涙をこぼしてしゃくり上げる。
 皇帝は、冷淡な顔でヴィンセントを迎えた。

「我が宰相よ。お前の主君は、俺だぞ? 俺がいるのに、どうして先に女に声をかける。この国の皇帝と宰相といやぁ、夫婦よりも親密で有名だってのに」

 挑発するようなことをいい、皇帝はゆるりと笑った。
 ヴィンセントは皇帝を真っ向から見つめ、ぐんぐんと歩いてくる。彼の姿があまりに堂々としているので、周囲の兵士たちも手を出せず、互いに目配せばかりだ。
 ヴィンセントは玉座へ昇っていく階段の下で立ち止まり、膝は突かずに皇帝を見た。

「大変失礼いたしました、我が皇帝陛下。わたしともあろう者が、陛下への礼を忘れるとは……。まったく情けないかぎりです。ですが、部下が罪人のように吊り下げられているところに出くわせば、まずは部下の名を呼ぶのが情のある人間というものかと」

 朗々と歌い上げるように言うヴィンセント。
 私のことだ、と思うと、私の涙腺はますます緩む。
 皇帝はというと、不満げに鼻を鳴らした。

「なるほどぉ? お前は若い女にすっかりぞっこん。色ボケのあまり礼儀も忠義も放り捨て、『冷徹宰相』の看板は下ろしちまった、ってわけだな? ……見損なったぜ」

 ヴィンセントのプライドと羞恥心をつつくような台詞。
 私は苦しくなって唇を噛む。違う、そうじゃない、と言いたいけれど、何を言っていいのかわからない。何より涙を止められない。

 ヴィンセントは。彼は、なんて答えるだろう。
 私はヴィンセントを見つめる。

 彼は――微笑んだ。

「少々照れます」

 微笑んだ彼は、本当に、照れた少年みたいな顔で。
 皇帝が、目を瞠ったのが、見えた。

 そうだね。驚いたね。私も、驚いた。
 皇帝の言葉が、何ひとつ、ヴィンセントを傷つけられていないことに――。

 やがて皇帝は、ぎり、と歯ぎしりをすると、私を放り出した。
 そのまま雑に数歩前に出ると、近衛兵に向かって右手を差し出す。近衛兵は皇帝に剣を渡した。柄をつかんで引き抜くと、ぎらり、刀身が明かりを反射する。
 ヴィンセントはその、まがまがしい刀身までもを冷徹に見つめて言った。

「陛下。エレナは返して頂きます」

 皇帝は剣先をヴィンセントに向け、だるそうに叫ぶ。

「なーにが返して頂きます、だ! 言っとくがなぁ、この宮廷に所属するもんは、みーんな俺のもんだ。エレナも俺のもんだし、俺の命令を聞かなきゃなんない。おっさんが色ボケしていきってると、フツーに殺すよ? エレナちゃんを!」

 私の名を呼び、皇帝の剣先も私のほうを向いた。
 反射的に体が動き、がちゃん、と鎖の音を立ててしまう。
 でも、それ以上逃げることはできない。
 眼前、ほんの数センチのところで、剣先が光っている。
 金属の匂いが漂い、こくり、と、喉が勝手に唾を呑みこむ。全身の血の気がさあっと引いて、寒気が襲ってくるのがわかる。

「さっきまでは殺さねえつもりだったけど、気が変わっちゃったぁ。時間かけて切り刻んじゃおうか。それとも、潰す? 伸ばす? まずはヴィンセントを舌をかめないよう拘束して、エレナちゃんをずたぼろにするところを見せてやろうか。なあ?」

 ヴィンセントの名前を出された途端、全身に鳥肌が立った。
 やめて。そんなの、絶対に嫌だ。
 私はどうなってもいいけれど、ヴィンセントを巻きこむのが嫌だ!
 ヴィンセントを傷つけて欲しくない。心も、体も、傷つけて欲しくない。

 私、私は、どうしたら、いい?
 どうしたら、ヴィンセントを助けられる?
 急いで。急いで考えて。思い出して。
 私はここに、ヴィンセントを助けに来たの。

「ヴィンセント様、すみません……あのっ! 充分、です。充分ですから」

 考えて、考えて。
 出てきた言葉は、これだった。

 私は、今、ヴィンセントが来てくれて、ものすごく嬉しかった。
 彼が助けにきてくれた今が、私の人生の、最高潮だと思う。
 だから、ここまでで、いい。
 ヴィンセント、あなたは生きて欲しい。

「ほぉー。お前の部下は案外ものがわかってるぞ、ヴィンセント!」

 ゲラゲラ笑う皇帝の声。その声が天井に反響し、私の頭は酷く痛む。
 でも、くじけちゃ駄目。続けるんだ。ヴィンセントのために。
 私はぎゅっと目を閉じた。

「私は……自分の、意思で。皇帝陛下のものに……」

「皇帝陛下」

 ヴィンセントの深みのある美声が、私の声を遮る。
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