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「この世界がエログロで出来ているのは、もう、知っているので」
ぼそりとつぶやく。
顎の下に鞭の先端が当たった。
皇帝は、ぐい、と私の顎を上に向けさせて、私と無理矢理視線を合わせる。
ちょっと垂れ目気味の甘い顔は、初恋のクソ彼と結構似ていた。
「頭では知ってても、体は知らないんじゃない? ほら、この広間でヴィンセントにやられたとき。うぶな返しだったじゃん」
合成甘味料でテカテカした感じの、甘い声。下卑た笑い。
徹夜麻雀ですれ違う男達と同じ表情に、私は心からげっそりした。
「……ですね」
暗い声で答えると、皇帝は鞭を引っ込めてにこにこ笑う。
「なーんて! あっははは、あんまり暗い顔しないでよ~。大丈夫っ、ヤリ潰すまではちゃんときれいにしとくから。最初は俺が丁寧にヤってあげるし。そのあとは宮殿中の男をかき集めて、何本くわえられるかチャレンジしよー!」
「ありがとう、ございます」
私は意識的にぼーっとしながら答える。
これからどうすればいいのかは、わかっている。
考えないことだ。これから何があるか、具体的に、考えるない。
考えないでぼうっとしていれば、心はどうにかなる。
あとは、体が死なない努力をすればいいだけだ。
私はさりげなく周囲を見渡した。
癒やしの聖女であるリリアの姿を探したのだ。彼女がいれば、多少の怪我は癒やしてもらえるはず――だが、今はどこにも姿が見えない。
癒やし処で仕事中だろうか?
皇帝との好感度が上がったら、ずっと皇帝の側にいるはずなのだけれど。好感度上げに失敗したのだろうか。
だとしたらそれは私の失敗だ。私が、もっとサポートしてあげられたら……。
「そんじゃ、何からする?」
皇帝に例の甘ったるい声で囁かれ、腰を抱かれる。
じゃりん、と鎖が音を立て、私は顔が引きつりそうになるのを必死にこらえた。目を合わせず、小さく震えて見せる。
「何でもします。何でもされます。あなたがそれで満足されるのなら……」
声もか細く、従順な振りをする。
大丈夫大丈夫。慣れているから、大丈夫。考えるな。感じるな。
「そー?」
皇帝はしばらく私を見つめていた。視線が肌を這う感触が、ナメクジみたいで気持ち悪い。気持ち悪いけれど、大丈夫。まだまだ何もされてない。
殺しはしないって言われたのを信じよう。
私は平気。このくらい、全然平気。
「じゃ、キスしよ」
耳元に、生暖かい声。
「!」
ぎょっとした瞬間、唇が塞がれた。
「んん!」
じゃりん、と、また鎖が鳴ってしまう。
体が、震えているのがわかった。驚いた。不意を突かれた。
まさか、相手がお行儀よくキスから始めるとは思わなかった。
意外すぎるけれど、皇帝は案外本気で丁寧に私を抱く気なのかも知れない。
だったら、時間稼ぎになる――。
揺れた心を立て直し、私はうっすらと唇を開く。
そうしているのに、皇帝の舌は、すぐには侵入してこなかった。
代わりに彼は、何度も、何度も、唇だけを私とふれあわせた。
優しい感触だけを伝えるように、ふわふわと。
何度も、何度も、何度も。
まるで、恋人のようなキスだった。
愛している人としか、してはいけないキスだった。
誰も、傷つけらないようなキス。高校生の私が夢にみたようなキス。
夢の、キスを、この、男と。
息が、詰まった。
目を開けているのに、目の前が暗い。
体が震える。いたたまれなくて、必死に拳を作る。その拳も震える。
ああ――いやだ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、どうして、なんで、どうしてこんなことをするの。
こんなのは嫌だ。こんなのは、これだけは嫌だ、優しい手つきで腰を抱いて、愛してるみたいに、何度も、ちゅっ、と音を立てて浅いキスを繰り返されるのは、嫌だ、嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ!!
だってそれは夢だったから、だから駄目だ。
それをしていいのはヴィンセントだけだ。
私に愛を伝えていいのはヴィンセントだけだ。
他の誰が望もうが、許そうが、そんなのは関係ない。
今世も前世もひっくるめて、このキスをしていいのはヴィンセントだけなんだ!!
ヴィンセント、私、平気じゃない。
全然平気じゃないよ、ヴィンセント――!!
気持ちがあふれ出すと同時に、涙も盛大にあふれ出す。
直後、広間の重い金属扉を、何かが殴りつける音がした。
ぼそりとつぶやく。
顎の下に鞭の先端が当たった。
皇帝は、ぐい、と私の顎を上に向けさせて、私と無理矢理視線を合わせる。
ちょっと垂れ目気味の甘い顔は、初恋のクソ彼と結構似ていた。
「頭では知ってても、体は知らないんじゃない? ほら、この広間でヴィンセントにやられたとき。うぶな返しだったじゃん」
合成甘味料でテカテカした感じの、甘い声。下卑た笑い。
徹夜麻雀ですれ違う男達と同じ表情に、私は心からげっそりした。
「……ですね」
暗い声で答えると、皇帝は鞭を引っ込めてにこにこ笑う。
「なーんて! あっははは、あんまり暗い顔しないでよ~。大丈夫っ、ヤリ潰すまではちゃんときれいにしとくから。最初は俺が丁寧にヤってあげるし。そのあとは宮殿中の男をかき集めて、何本くわえられるかチャレンジしよー!」
「ありがとう、ございます」
私は意識的にぼーっとしながら答える。
これからどうすればいいのかは、わかっている。
考えないことだ。これから何があるか、具体的に、考えるない。
考えないでぼうっとしていれば、心はどうにかなる。
あとは、体が死なない努力をすればいいだけだ。
私はさりげなく周囲を見渡した。
癒やしの聖女であるリリアの姿を探したのだ。彼女がいれば、多少の怪我は癒やしてもらえるはず――だが、今はどこにも姿が見えない。
癒やし処で仕事中だろうか?
皇帝との好感度が上がったら、ずっと皇帝の側にいるはずなのだけれど。好感度上げに失敗したのだろうか。
だとしたらそれは私の失敗だ。私が、もっとサポートしてあげられたら……。
「そんじゃ、何からする?」
皇帝に例の甘ったるい声で囁かれ、腰を抱かれる。
じゃりん、と鎖が音を立て、私は顔が引きつりそうになるのを必死にこらえた。目を合わせず、小さく震えて見せる。
「何でもします。何でもされます。あなたがそれで満足されるのなら……」
声もか細く、従順な振りをする。
大丈夫大丈夫。慣れているから、大丈夫。考えるな。感じるな。
「そー?」
皇帝はしばらく私を見つめていた。視線が肌を這う感触が、ナメクジみたいで気持ち悪い。気持ち悪いけれど、大丈夫。まだまだ何もされてない。
殺しはしないって言われたのを信じよう。
私は平気。このくらい、全然平気。
「じゃ、キスしよ」
耳元に、生暖かい声。
「!」
ぎょっとした瞬間、唇が塞がれた。
「んん!」
じゃりん、と、また鎖が鳴ってしまう。
体が、震えているのがわかった。驚いた。不意を突かれた。
まさか、相手がお行儀よくキスから始めるとは思わなかった。
意外すぎるけれど、皇帝は案外本気で丁寧に私を抱く気なのかも知れない。
だったら、時間稼ぎになる――。
揺れた心を立て直し、私はうっすらと唇を開く。
そうしているのに、皇帝の舌は、すぐには侵入してこなかった。
代わりに彼は、何度も、何度も、唇だけを私とふれあわせた。
優しい感触だけを伝えるように、ふわふわと。
何度も、何度も、何度も。
まるで、恋人のようなキスだった。
愛している人としか、してはいけないキスだった。
誰も、傷つけらないようなキス。高校生の私が夢にみたようなキス。
夢の、キスを、この、男と。
息が、詰まった。
目を開けているのに、目の前が暗い。
体が震える。いたたまれなくて、必死に拳を作る。その拳も震える。
ああ――いやだ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、どうして、なんで、どうしてこんなことをするの。
こんなのは嫌だ。こんなのは、これだけは嫌だ、優しい手つきで腰を抱いて、愛してるみたいに、何度も、ちゅっ、と音を立てて浅いキスを繰り返されるのは、嫌だ、嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ!!
だってそれは夢だったから、だから駄目だ。
それをしていいのはヴィンセントだけだ。
私に愛を伝えていいのはヴィンセントだけだ。
他の誰が望もうが、許そうが、そんなのは関係ない。
今世も前世もひっくるめて、このキスをしていいのはヴィンセントだけなんだ!!
ヴィンセント、私、平気じゃない。
全然平気じゃないよ、ヴィンセント――!!
気持ちがあふれ出すと同時に、涙も盛大にあふれ出す。
直後、広間の重い金属扉を、何かが殴りつける音がした。
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