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わたしは顔を上げて占い師を見つめる。
彼はいつしか食べるのをやめ、わたしをじっと見つめていた。見つめ返すとその目の黒さに吸いこまれてしまうようで、なぜか、くらくらする。
「別にあなたを持ち上げるわけじゃありませんよ? ひとを助けたい、っていうのもただの欲のひとつですから、他人よりあなたが偉いわけじゃない。ただ単に、あなたはひとを助けることで喜びを感じるタイプだっていうだけです」
「それは、まあ、そうかもしれない。そう、だな」
わたしはうなずいた。
私は生来そういうたちだし、だからこそラウルの求めに応じたのだ。
占い師は少し身を乗り出し、わたしを指さした。
「で、そういうあなたが、好きな女を強姦しまくれるわけがないんだ」
「…………それは」
ぐっ、と、言葉に詰まり、片手で腹のあたりの衣を掴む。
その下にある忌々しい淫紋。あれさえなければ、こんなことにはならなかった。
「私の心が、弱いのがいけない」
苦くつぶやく。
占い師はそんなわたしを眺め、いや、そうじゃなくって、という顔をした。
「えーっと。あなたにも何か理由がおありなんでしょうけど、単にお相手の乙女さんも、あなたが好きなんじゃないですか? お互い好き同士だって薄々わかってるから、あなたも流されてエッチしてるんじゃないのかなあ」
あっけらかんと言われ、私は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
「バカを言え! わたしは、こんなだぞ!?」
「今度は何~? はい、店からサービスね」
給仕女が勝手にりんご酒のおかわりを置き、薄ピンク色の魚卵とクリームと芋のペーストを混ぜた料理と、堅くなったパンのスライスを山ほど置いていく。
占い師はパンを手に取り、とぷんと魚卵ペーストに浸した。
「苦み走った男前じゃないですか。ストレートに美男じゃないです? たくましいし」
おとこまえ。びなん。誰が。どの口で。
今までそんなことを言われたことはまったくない。
アルマンドだけは、それっぽいことを言ってはわたしをからかってきた。が、あれは明らかにからかいだった。若い時にアプローチしてきた女性はみな色仕掛けだったと思うし、礼儀正しい女性達は普通に接していると、やがて怒って他の男のところへいった。
わたしはほとんど、しどろもどろに言いつのる。
「わたしは歳だ! 意思も弱い。親友を死なせた男……」
「あなた自身の心の引け目ですね。お相手の女性的には、関係ないんじゃ?」
「違う、彼女がわたしに体を許すのは、わたしが好きだからじゃない、彼女が性に奔放だからだ!!」
「それ、大声で叫ぶことかなあ。っていうかその結論、酷すぎません?」
「なぜお前に、彼女のことがわかる。名前も、立場も、顔も知らないだろう!」
むきになって叫ぶ私の前で、不意に占い師が長いため息を吐いた。
なんだ、どういうため息だ、それは。
わたしがむすっと見つめていると、占い師は乾いたパンで私を指した。
「あなたも、全然彼女のこと、わかってるようには見えませんけど」
ばかな。
反論しようとして口を開く。が、言葉が出てこない。
わたしは彼女の、何を知っているだろう。顔。体。背中にある、ほくろ。足にふれると、ひどくくすぐったがる。食事のときには、白葡萄酒を少しだけ飲むのが好きだ。眠っているとき、時々うなされる。
それと……そう。思ったよりも、性に奔放で。わたしのような男のことも受け入れてくれて、最近はふとしたときに私を求めるようなそぶりを見せる。
わたし以外の男に襲われても……動じない。
胸が重い。
エレナが他の男に襲われていたときのことを考えると、恐ろしいほどに胸が重い。
あの瞬間に頭で熱いものが弾けて、気づけば相手を吹き飛ばしていた。本当はあのまま殺してしまいたいほどだった。だが、エレナは私にすがってやめさせた。
なぜだ。なぜ。お前は何がしたい。何を考えている。
なぜ、時々酷く遠くを見るような目をする?
私に閉じこめられたいと言いながら、なぜ出て行こうとする?
なぜ。なぜ。なぜ――。
「ちゃんと本音で話したんですか?」
「……あ?」
ついつい間抜けな声が出た。
その口に、占い師が魚卵ペーストつきのパンを押しこんで言う。
「あなたは人を助けようとするわりに、自分を見せるのが苦手すぎですよ。僕は思うんですけどねえ。本気で人を助けようと思ったら、自分の汚いところなんか全部さらけ出すくらいの、死に物狂いじゃなきゃあ無理だと思いますよ」
自分の汚いところなんか、全部さらけ出すくらい、死に物狂い。
占い師の言葉が、頭の中で妙に反響を生む。
自分の汚いところをさらけ出してでも、何かをしたい。何かを得たい。
そんなふうに思えたことが――果たして、あっただろうか。
それくらいの気持ちで、エレナに相対していただろうか。
彼はいつしか食べるのをやめ、わたしをじっと見つめていた。見つめ返すとその目の黒さに吸いこまれてしまうようで、なぜか、くらくらする。
「別にあなたを持ち上げるわけじゃありませんよ? ひとを助けたい、っていうのもただの欲のひとつですから、他人よりあなたが偉いわけじゃない。ただ単に、あなたはひとを助けることで喜びを感じるタイプだっていうだけです」
「それは、まあ、そうかもしれない。そう、だな」
わたしはうなずいた。
私は生来そういうたちだし、だからこそラウルの求めに応じたのだ。
占い師は少し身を乗り出し、わたしを指さした。
「で、そういうあなたが、好きな女を強姦しまくれるわけがないんだ」
「…………それは」
ぐっ、と、言葉に詰まり、片手で腹のあたりの衣を掴む。
その下にある忌々しい淫紋。あれさえなければ、こんなことにはならなかった。
「私の心が、弱いのがいけない」
苦くつぶやく。
占い師はそんなわたしを眺め、いや、そうじゃなくって、という顔をした。
「えーっと。あなたにも何か理由がおありなんでしょうけど、単にお相手の乙女さんも、あなたが好きなんじゃないですか? お互い好き同士だって薄々わかってるから、あなたも流されてエッチしてるんじゃないのかなあ」
あっけらかんと言われ、私は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
「バカを言え! わたしは、こんなだぞ!?」
「今度は何~? はい、店からサービスね」
給仕女が勝手にりんご酒のおかわりを置き、薄ピンク色の魚卵とクリームと芋のペーストを混ぜた料理と、堅くなったパンのスライスを山ほど置いていく。
占い師はパンを手に取り、とぷんと魚卵ペーストに浸した。
「苦み走った男前じゃないですか。ストレートに美男じゃないです? たくましいし」
おとこまえ。びなん。誰が。どの口で。
今までそんなことを言われたことはまったくない。
アルマンドだけは、それっぽいことを言ってはわたしをからかってきた。が、あれは明らかにからかいだった。若い時にアプローチしてきた女性はみな色仕掛けだったと思うし、礼儀正しい女性達は普通に接していると、やがて怒って他の男のところへいった。
わたしはほとんど、しどろもどろに言いつのる。
「わたしは歳だ! 意思も弱い。親友を死なせた男……」
「あなた自身の心の引け目ですね。お相手の女性的には、関係ないんじゃ?」
「違う、彼女がわたしに体を許すのは、わたしが好きだからじゃない、彼女が性に奔放だからだ!!」
「それ、大声で叫ぶことかなあ。っていうかその結論、酷すぎません?」
「なぜお前に、彼女のことがわかる。名前も、立場も、顔も知らないだろう!」
むきになって叫ぶ私の前で、不意に占い師が長いため息を吐いた。
なんだ、どういうため息だ、それは。
わたしがむすっと見つめていると、占い師は乾いたパンで私を指した。
「あなたも、全然彼女のこと、わかってるようには見えませんけど」
ばかな。
反論しようとして口を開く。が、言葉が出てこない。
わたしは彼女の、何を知っているだろう。顔。体。背中にある、ほくろ。足にふれると、ひどくくすぐったがる。食事のときには、白葡萄酒を少しだけ飲むのが好きだ。眠っているとき、時々うなされる。
それと……そう。思ったよりも、性に奔放で。わたしのような男のことも受け入れてくれて、最近はふとしたときに私を求めるようなそぶりを見せる。
わたし以外の男に襲われても……動じない。
胸が重い。
エレナが他の男に襲われていたときのことを考えると、恐ろしいほどに胸が重い。
あの瞬間に頭で熱いものが弾けて、気づけば相手を吹き飛ばしていた。本当はあのまま殺してしまいたいほどだった。だが、エレナは私にすがってやめさせた。
なぜだ。なぜ。お前は何がしたい。何を考えている。
なぜ、時々酷く遠くを見るような目をする?
私に閉じこめられたいと言いながら、なぜ出て行こうとする?
なぜ。なぜ。なぜ――。
「ちゃんと本音で話したんですか?」
「……あ?」
ついつい間抜けな声が出た。
その口に、占い師が魚卵ペーストつきのパンを押しこんで言う。
「あなたは人を助けようとするわりに、自分を見せるのが苦手すぎですよ。僕は思うんですけどねえ。本気で人を助けようと思ったら、自分の汚いところなんか全部さらけ出すくらいの、死に物狂いじゃなきゃあ無理だと思いますよ」
自分の汚いところなんか、全部さらけ出すくらい、死に物狂い。
占い師の言葉が、頭の中で妙に反響を生む。
自分の汚いところをさらけ出してでも、何かをしたい。何かを得たい。
そんなふうに思えたことが――果たして、あっただろうか。
それくらいの気持ちで、エレナに相対していただろうか。
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