【完結】冷徹宰相と淫紋Hで死亡フラグを『神』回避!? ~鬱エロゲー溺愛ルート開発~

愛染乃唯

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 アルマンド。助けてくれ、アルマンド。
 いや――駄目だな。
 どうして君が私を助けてくれるだろう。
 かつてのわたしならともかく、今のわたしは、君に殺されても文句は言えない……。

 何せ君の娘を、けがしてしまったのだから。

「はあああああああ……」

「あらっ、どーしたのお客さん! そんなため息ついたら、魂が出ちゃうわよ!」

 力強くふくよかな体の給仕女が言い、目の前にどかんと肉の皿を置く。
 貴族は食べない鶏のももに安いスパイスをまぶし、衣をつけて揚げたものだ。むっとするような悪い脂の匂いがして、わたしはまずます深いため息を吐いた。

「こんな魂なら、いっそわたしの体からすべて出て行ってほしい。そのあとで何かいい匂いのするものをねじこむ」

「相変わらず潔癖症ですね」

 淡々と答えて、テーブルの向こうの男が木製ジョッキを煽る。
 わたしはじっとりとした目で彼を見つめた。
 灰色の衣をすっぽりとかぶった小柄な男。黒髪に黒い目で、顔にはガラスを二つ使った視力矯正器具をつけている。衣の地味さと器具の高価さが不釣り合いなこの男は、馴染みの辻占い師であった。
 わたしは酒で重だるくなった顎を拳で支え、安居酒屋のテーブルに肘を突く。

「あの場所で潔癖でいるのは、むしろ変態の所業のような気がしてきているがな」

「今さら気づいたんですか? そもそも潔癖なんていうのは変態趣味のひとつにすぎませんよ。それがご趣味だと思っていたのでつっこんでませんけど」

「相変わらず毒舌だな」

「そういうのがお好きでしょ、潔癖さいしょ……えー、潔癖な謎の旅人さんは」

 宰相、と言いかけた彼をぎろりとにらむと、占い師は視線をさまよわせ、そのまま山盛りの揚げ鳥をつまんだ。
 ここは帝国の広い広い城下町の中でも、宮殿にほど近い場所だ。
 普通ならば宮殿に近いところは治安がいいはずなのだが、この周辺は例外である。古くから宮殿から出るゴミを処理する者たちが住み着き、目を離すとあっという間にスラム化する区域。
 代々宰相はこの周辺を何度も、何度も、新しく清潔な街にしようと試みた。
 が、いくら追い出してもこの場所には無数の人々が戻ってきて、あっという間に違法建築のスラムを作り出してしまう。
 わたしは安い発泡りんご酒をなめながらぼやく。

「毒舌が好きなわけではない。安い居酒屋も、酸っぱい林檎酒も、脂っぽい肉も苦手だ」

「じゃあ、どうしてあなたはこの地域を守ってくれたんです?」

 占い師が面白くもなさそうに言う。
 わたしはぎゅっと眉根を寄せた。

「無駄な金をかけなかっただけだ。入れ物をなくすよりも、無料の学び舎を建て、癒やし処の出張所を建てるほうが安い。自浄作用で、街はいずれ清潔になる」

 周囲に聞こえないよう、ぼそぼそと言う。
 わたしがこの場所を知ったのは、スラム改良計画がきっかけだった。この場所が実際どれくらい荒れているのかを自分の足で確かめ、対策を練った。
 その途中でこの居酒屋に出会い、占い師にも出会ったのだ。
 それまでは占いなどまったく信じていなかった私だが、この占い師は妙に博識であった。占い師という割にめったに占いはしないのだが、そうでなくとも貴族でなくては知らないようなことを知っている。さらに、わたしの頭の中を読んだようにものを言う。
 気持ちが悪い、もしくは怪しい――と思ってもよさそうなものだが、なぜだろう。
 わたしは彼に純粋な興味を惹かれただけだった。この占い師には欲がほとんどない。安酒と安い料理があれば幸せで、あとは眠っているか、占いをしているか、それだけ。
 さらに口も堅いと知れたので、わたしはいつしかたまに彼のもとを訪れるようになった。
 こうして身分を隠して宮殿から降り、酒をおごる代わりに他愛のない話をしてもらうのは、かけがえのない気晴らしだった。国政の愚痴がもらせるわけではないが、それでも、彼と話すと気が晴れる。頭の中の余計な思考や逡巡が、外へ出て行ってくれるようで――。

「あなたって頭いいですよねえ、ほんと。恋愛以外については」

「げほっ! ごほっ、ごはっ!」

「ちょっとぉ、大丈夫!?」

 心配そうな給仕女に片手を挙げて『大丈夫』の合図を送り、私は占い師をにらむ。

「なんで……」

「なんで恋愛の悩みを抱えてるってバレたかって? そりゃあ場末の安居酒屋に来るのに匂い袋忍ばせてるからですよ。習慣になってるんでしょ? 最近思い人がいるから……」

「違う……」

 わたしは必死にうめいた。
 確かに、確かに匂い袋は持つようになった。しかしそれは思い人がいるというより、控え室にいつでもエレナがいるからだ。女性が近くにいるからには、それくらいの気遣いは必要なのではないか。
 占い師は鳥の軟骨をぽりぽりかじりながら続ける。

「まー、百歩譲って思い人じゃなくてもいいですけど。ヤってはいますよね」

「ごふっ! ごはっ! なぜ……!」

「あー、今のは確信はなかったです。かまかけです。その反応ってことは、やってるんだなあ」

「………………!」

 怒りに震えてみるものの、別に占い師は悪くないな、と思い直す。
 身近に女がいて、男が女を意識しているとなったら、そういう発想にはなるだろう。
 悪いのは、むしろ自分だ。
 いい年をして我慢が効かず、保護者にもなりきれない、みっともない自分。

「はあああああああ……」

 さらに深い深いため息をついて、わたしは机上で肘をつき、両手を組み合わせた。
 そこに重い額をもたせかけ、最低の気分で口を開く。

「やはり人間、局部を切断すると死ぬだろうか」

「待って下さい。極端だな。どうしてそうなりました?」

 さすがに占い師も慌てた様子だ。
 私は両の親指で額を支えながら質問を繰り返す。

「死ぬのかどうかを教えてほしい」

「このへんの文明レベルだと、大体死にます。どうしたんですか、ほんとに。デカくて邪魔になりました?」

「邪魔だ。デカい上に自由にならない」

「ははあ」
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