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いいのですが。
正直、中に欲しかったです。
そう言ってしまうのもあからさますぎる気がする。
口ごもる私を見下ろし、ヴィンセントはどこかイライラと汗で濡れた前髪をかきあげた。
「また、お前を汚してしまったな。少し待て」
「はい、いえ、それは全然いいんです、私は。こういうことが、汚れるってことには入らないと思います。何せ避妊してましたし」
ヴィンセントはハンカチを取り出して丁寧に私の背を拭いていたところだったが、私の発言にぴくりと片方の眉毛を上げる。
彼は真っ向から私を見つめた。
なんだろう、と思い、私も彼を見つめた。
お互いの瞳に、お互いの姿が映っている。
ヴィンセントは何か物言いたげで、でも、どこか悲しそうで。
そして少し――怒っているんだろうか?
なぜ?
なおもしげしげと見つめていると、ヴィンセントは長いため息を吐いた。
「私は、お前のことを何も知らなかったようだ」
「え? あ、はい。それは、そうかもしれませんが」
何しろ転生者だし、ヴィンセントにとってはわからないことだらけだろう、私は。
もうちょっと転生前のエレナに寄せていく努力が必要だろうか。
と思っていると、ヴィンセントは重々しく口を開く。
「私はお前を何も知らない小鳥と思い、匿っておこうと思った。しかしそれが、お前の幸せとも限らないのだな」
「はい? まあ、それは、はい」
よくわからないままうなずく私。
ヴィンセントはますますどんよりとしたオーラをまとうと、手早く私の身なりを整えた。
「……まあいい。お前もこの宮殿の狂乱に加わりたいのなら、止めることはできない。私に、その権利はない」
「はい……?」
よくわからないまま、私はヴィンセントに抱き上げられた。
お姫様だっこされていると、彼の大きな胸に寄り添うのが気持ちいい。
セックスしているときよりも気持ちいいかもしれない、温かい感触。
でも今は、物憂げな彼の顔が気になってしまう。
「部屋に戻って風呂を使うといい。自分の体にきちんと気を遣うならば、誰と一緒になるのも、私がどうこう言う立場ではない。ただし、お前を殴るような相手は、可能ならやめてほしい。皇帝のものになるのも……正直、わたしは勧めないが、やりようによってはいい生活を送れるのかもしれんし……」
「ま、待って下さい待って下さい、何か誤解がある気がします!」
誤解だ。何かものすごい誤解がある。
つまりヴィンセントは、私が宮殿内の乱交パーティーに参加したいと思っている?
そんなわけない、と叫びたかった。
叫びたかったけれど……確かに、今までの私の態度、軽すぎるな?
走馬灯のように、私の脳裏に今までの私のふるまいが再生される。
ヴィンセントに襲われても、オールオッケー! だったあたりから、私はかなり軽い女だった。
さらに聖女と仲良しになりたがったと思えば避妊薬をゲットし、廊下の傍で他の男にやられかけたのをあっけらかんと報告し、そのまま廊下の傍であっさりヴィンセントを受け入れ、避妊したから中に出してオッケーですよ、って、まあ、うん。
そりゃ誤解もされるわ!!
私がやや呆然としていると、ヴィンセントから温かい声が降ってきた。
「安心しろ。わたしはお前が無事であればそれでいい。わたしの淫紋のことでは迷惑をかけたが、これからはなるべく自分でどうにかする。そうなっても、わたしはお前を守る」
「ヴィンセント様……」
うれしさと同時に、切なさみたいなもので胸が締め付けられる。
こんな状況でも私を守ろうとしてくれるヴィンセントは、本当に素敵なひとだ。
素敵だけれど……今後もまぐわえボタンで死亡フラグが回避できそうなら、私はボタンを押してしまう気がする。私はそのためにここに来たからだ。
そう。
これは憧れのヴィンセントとやりまくるためのボタンではなく、彼を生かすためのボタン。
私は彼の胸で揺られながら、そっと指を上着のポケットにすべらせる。
その中にある、硬くて確かな存在感。
私の小さな守り神、♥マークのボタン――。
ない。
……ない?
本当に?
ざあっと血の気が失せる音がした、気がした。
「どうした、エレナ?」
ヴィンセントが私の顔をのぞきこむ。私は慌てふためいて叫んだ。
「あ、ああああ、あの、ちょっと血の気がですね!」
「そうか。無理をさせたな、すまない」
しゅんとする大型猛禽のヴィンセントは、大層愛らしい。
大層愛らしいが、今それを愛でている時間はなかった。
私は必死に説明する、が、肝心のボタンのことは言えないので、しどろもどろになる。
「いや、そういうことではなくて! できればさっきのところに戻って欲しいのですが!」
「まずは風呂だ。それくらい言うことを聞いてくれ」
「でも、命が! 命がかかっていますから!」
「命……」
眉間に皺を刻んで考えこむヴィンセント。
私は彼をめちゃくちゃな説得でどうにか元の場所に戻らせた。
が、どこを探しても、♥のボタンはなかった。
代わりにそこに漂っていたのは……高貴な、男性用香水の香りだけ。
正直、中に欲しかったです。
そう言ってしまうのもあからさますぎる気がする。
口ごもる私を見下ろし、ヴィンセントはどこかイライラと汗で濡れた前髪をかきあげた。
「また、お前を汚してしまったな。少し待て」
「はい、いえ、それは全然いいんです、私は。こういうことが、汚れるってことには入らないと思います。何せ避妊してましたし」
ヴィンセントはハンカチを取り出して丁寧に私の背を拭いていたところだったが、私の発言にぴくりと片方の眉毛を上げる。
彼は真っ向から私を見つめた。
なんだろう、と思い、私も彼を見つめた。
お互いの瞳に、お互いの姿が映っている。
ヴィンセントは何か物言いたげで、でも、どこか悲しそうで。
そして少し――怒っているんだろうか?
なぜ?
なおもしげしげと見つめていると、ヴィンセントは長いため息を吐いた。
「私は、お前のことを何も知らなかったようだ」
「え? あ、はい。それは、そうかもしれませんが」
何しろ転生者だし、ヴィンセントにとってはわからないことだらけだろう、私は。
もうちょっと転生前のエレナに寄せていく努力が必要だろうか。
と思っていると、ヴィンセントは重々しく口を開く。
「私はお前を何も知らない小鳥と思い、匿っておこうと思った。しかしそれが、お前の幸せとも限らないのだな」
「はい? まあ、それは、はい」
よくわからないままうなずく私。
ヴィンセントはますますどんよりとしたオーラをまとうと、手早く私の身なりを整えた。
「……まあいい。お前もこの宮殿の狂乱に加わりたいのなら、止めることはできない。私に、その権利はない」
「はい……?」
よくわからないまま、私はヴィンセントに抱き上げられた。
お姫様だっこされていると、彼の大きな胸に寄り添うのが気持ちいい。
セックスしているときよりも気持ちいいかもしれない、温かい感触。
でも今は、物憂げな彼の顔が気になってしまう。
「部屋に戻って風呂を使うといい。自分の体にきちんと気を遣うならば、誰と一緒になるのも、私がどうこう言う立場ではない。ただし、お前を殴るような相手は、可能ならやめてほしい。皇帝のものになるのも……正直、わたしは勧めないが、やりようによってはいい生活を送れるのかもしれんし……」
「ま、待って下さい待って下さい、何か誤解がある気がします!」
誤解だ。何かものすごい誤解がある。
つまりヴィンセントは、私が宮殿内の乱交パーティーに参加したいと思っている?
そんなわけない、と叫びたかった。
叫びたかったけれど……確かに、今までの私の態度、軽すぎるな?
走馬灯のように、私の脳裏に今までの私のふるまいが再生される。
ヴィンセントに襲われても、オールオッケー! だったあたりから、私はかなり軽い女だった。
さらに聖女と仲良しになりたがったと思えば避妊薬をゲットし、廊下の傍で他の男にやられかけたのをあっけらかんと報告し、そのまま廊下の傍であっさりヴィンセントを受け入れ、避妊したから中に出してオッケーですよ、って、まあ、うん。
そりゃ誤解もされるわ!!
私がやや呆然としていると、ヴィンセントから温かい声が降ってきた。
「安心しろ。わたしはお前が無事であればそれでいい。わたしの淫紋のことでは迷惑をかけたが、これからはなるべく自分でどうにかする。そうなっても、わたしはお前を守る」
「ヴィンセント様……」
うれしさと同時に、切なさみたいなもので胸が締め付けられる。
こんな状況でも私を守ろうとしてくれるヴィンセントは、本当に素敵なひとだ。
素敵だけれど……今後もまぐわえボタンで死亡フラグが回避できそうなら、私はボタンを押してしまう気がする。私はそのためにここに来たからだ。
そう。
これは憧れのヴィンセントとやりまくるためのボタンではなく、彼を生かすためのボタン。
私は彼の胸で揺られながら、そっと指を上着のポケットにすべらせる。
その中にある、硬くて確かな存在感。
私の小さな守り神、♥マークのボタン――。
ない。
……ない?
本当に?
ざあっと血の気が失せる音がした、気がした。
「どうした、エレナ?」
ヴィンセントが私の顔をのぞきこむ。私は慌てふためいて叫んだ。
「あ、ああああ、あの、ちょっと血の気がですね!」
「そうか。無理をさせたな、すまない」
しゅんとする大型猛禽のヴィンセントは、大層愛らしい。
大層愛らしいが、今それを愛でている時間はなかった。
私は必死に説明する、が、肝心のボタンのことは言えないので、しどろもどろになる。
「いや、そういうことではなくて! できればさっきのところに戻って欲しいのですが!」
「まずは風呂だ。それくらい言うことを聞いてくれ」
「でも、命が! 命がかかっていますから!」
「命……」
眉間に皺を刻んで考えこむヴィンセント。
私は彼をめちゃくちゃな説得でどうにか元の場所に戻らせた。
が、どこを探しても、♥のボタンはなかった。
代わりにそこに漂っていたのは……高貴な、男性用香水の香りだけ。
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