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急だな、と思ったけれど、そんな気持ちはすぐに彼の体温で溶けてしまった。
温かい。気持ちいい。いい匂い。嬉しい。
私はぎゅうっと彼にしがみつく。
彼も、ぎゅうっと私を抱く腕に力を入れて、すぐにほどいた。
「……やはり、女だけで行かせるべきではなかった」
暗い声で言い、彼は私の手を掴んで歩いて行く。
結構な早足に、私は小走りでついていくことになった。
「申し訳ありません。あの、リリア様は悪くないんです。んっ……」
「……どうした?」
眉間に皺を寄せて、ヴィンセントが振り返る。
私は下腹部を押さえて、必死に顔を取り繕った。
小走りで移動すると、体の中のあれがどうしても存在を主張するのだ。
「いえ、なんでも……」
「なんでもない顔ではない。こちらへ」
ヴィンセントは顔をしかめ、私を廊下の隅へ導いた。
廊下の隅にはソファや椅子なんかが置かれていたりして、細長い部屋という感じだ。
ヴィンセントは太い柱の奥、カーテンの垂れ下がる裏へ、私の体を押しこんだ。
「さっきの男たちに、何をされたか話せるか」
話すのか。一瞬ためらいはあったけれど、ヴィンセントは私の上司だ。
職場である宮殿であったことは、報告はするべきだろう。
私はなるべく普通のテンションに自分を調整する。
「大したことはされてないですよ。女だとばれてしまったので、腕をひねり上げられて。服の上から胸を揉まれて、抵抗したら頬を殴られて、倒れたら踏まれて、さらに踏まれて、兵士の慰みものだったんだろう、的な暴言を受けたんですが、私、ほんとに、全然そんなの慣れっこでして!」
「……もういい」
苦い声が降ってきて、ヴィンセントは私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「すまなかった。私が悪い」
「なんでですか? ヴィンセント様は、なに、も」
抱きしめてくれたのが嬉しい。ほっとして見上げると、唇を奪われた。
柔らかな唇が重なり、温かい舌が性急に私の中に入ってこようとする。
私は急いで口を開き、彼の舌を受け入れた。這い回る舌が私の舌に、粘膜に触れる。
そのことが嬉しくて、どこに触れられても気持ちがよくて、体から徐々に緊張が抜けてくる。
嬉しくて、ヴィンセントの背中に両手を回した。
すがりついて、舌をからめて、体を少しでも密着させようとする。
お互いの呼吸を奪い合い、お互いの口の中が同じ温度になったころに、ヴィンセントがわずかに唇を離した。逃れる熱がもったいなくて、まだ唇と唇が触れそうな距離で、私たちは見つめ合う。
「ヴィンセント様」
名前を呼ぶだけで、少し気持ちがいい。
ヴィンセントは苦しそうに目を細めて、私に囁く。
「私が悪かった。私が、何もかも悪い。お前を外に出さねばよかった。仕事をさせたのも間違いだ。部屋に閉じこめて、大事に鍵をかけておけばよかった」
繊細な、繊細な囁きが降り積もっていく。
いつも冷静なヴィンセントらしくもない。
まるで恋に惑わされているひとみたい。このひとは、誠実すぎるくらい誠実だ。
恋人でもない私を、こんなにも大事にしてくれるなんて。
なんだかこそばゆくて、嬉しくて、自分が別の自分になっていくかのようで、私は頬を緩めてしまった。
「私は小鳥ではないですよ」
「知っている。すまない。謝ってばかりだ、私は」
熱いため息を吐いて、ヴィンセントが私の肩に顔を伏せる。
預けてくれた重みも嬉しくて、私はぎゅうっと彼にしがみつく。
「謝らないでください。私、ヴィンセント様が私を閉じこめたいなら、嬉しいです」
「…………」
ヴィンセントは黙って私を強く抱いた。
服が邪魔だな、と思った。
私とヴィンセントの間にあるもの、すべてが邪魔だ。
空気も、服も、いっそ皮膚も邪魔かも知れない。
もっともっと、あなたの近くに行きたい。
すり、と体をすりつけると、ヴィンセントも答えてくれる。
「ん……」
足の間に硬いものが当たって、思わず声が出てしまった。
ヴィンセントだ。ヴィンセント自身が、硬くなっている。
そう気づいた途端、じわん、とお腹が温かくなって、私ははっとする。
とろん、と、体の奥から蜜がこぼれてくる感触。
ヴィンセントに気づかれてしまいそうなほどの――。
「ご、ごめんなさい!」
私がヴィンセントを押し離そうとすると、ヴィンセントはわずかに青ざめた。
「……! すまない」
「え? あ、ヴィンセント様が謝ることは何もありませんよ……?」
「いや、謝るべきだろう。お前が傷ついているのに、わたしは」
歯を食いしばり、自分の前髪をわしづかみにするヴィンセント。
言葉ににじむ本気の悔しさに、私は慌てて彼の腕にすがった。
「違うんです、私、ヴィンセント様なら大丈夫です!」
「無理をするな。男に触れられるのはまだ嫌だろう、やはり聖女殿を呼んでこよう」
「嫌です!」
思わずはっきり言い切ってしまった。
温かい。気持ちいい。いい匂い。嬉しい。
私はぎゅうっと彼にしがみつく。
彼も、ぎゅうっと私を抱く腕に力を入れて、すぐにほどいた。
「……やはり、女だけで行かせるべきではなかった」
暗い声で言い、彼は私の手を掴んで歩いて行く。
結構な早足に、私は小走りでついていくことになった。
「申し訳ありません。あの、リリア様は悪くないんです。んっ……」
「……どうした?」
眉間に皺を寄せて、ヴィンセントが振り返る。
私は下腹部を押さえて、必死に顔を取り繕った。
小走りで移動すると、体の中のあれがどうしても存在を主張するのだ。
「いえ、なんでも……」
「なんでもない顔ではない。こちらへ」
ヴィンセントは顔をしかめ、私を廊下の隅へ導いた。
廊下の隅にはソファや椅子なんかが置かれていたりして、細長い部屋という感じだ。
ヴィンセントは太い柱の奥、カーテンの垂れ下がる裏へ、私の体を押しこんだ。
「さっきの男たちに、何をされたか話せるか」
話すのか。一瞬ためらいはあったけれど、ヴィンセントは私の上司だ。
職場である宮殿であったことは、報告はするべきだろう。
私はなるべく普通のテンションに自分を調整する。
「大したことはされてないですよ。女だとばれてしまったので、腕をひねり上げられて。服の上から胸を揉まれて、抵抗したら頬を殴られて、倒れたら踏まれて、さらに踏まれて、兵士の慰みものだったんだろう、的な暴言を受けたんですが、私、ほんとに、全然そんなの慣れっこでして!」
「……もういい」
苦い声が降ってきて、ヴィンセントは私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「すまなかった。私が悪い」
「なんでですか? ヴィンセント様は、なに、も」
抱きしめてくれたのが嬉しい。ほっとして見上げると、唇を奪われた。
柔らかな唇が重なり、温かい舌が性急に私の中に入ってこようとする。
私は急いで口を開き、彼の舌を受け入れた。這い回る舌が私の舌に、粘膜に触れる。
そのことが嬉しくて、どこに触れられても気持ちがよくて、体から徐々に緊張が抜けてくる。
嬉しくて、ヴィンセントの背中に両手を回した。
すがりついて、舌をからめて、体を少しでも密着させようとする。
お互いの呼吸を奪い合い、お互いの口の中が同じ温度になったころに、ヴィンセントがわずかに唇を離した。逃れる熱がもったいなくて、まだ唇と唇が触れそうな距離で、私たちは見つめ合う。
「ヴィンセント様」
名前を呼ぶだけで、少し気持ちがいい。
ヴィンセントは苦しそうに目を細めて、私に囁く。
「私が悪かった。私が、何もかも悪い。お前を外に出さねばよかった。仕事をさせたのも間違いだ。部屋に閉じこめて、大事に鍵をかけておけばよかった」
繊細な、繊細な囁きが降り積もっていく。
いつも冷静なヴィンセントらしくもない。
まるで恋に惑わされているひとみたい。このひとは、誠実すぎるくらい誠実だ。
恋人でもない私を、こんなにも大事にしてくれるなんて。
なんだかこそばゆくて、嬉しくて、自分が別の自分になっていくかのようで、私は頬を緩めてしまった。
「私は小鳥ではないですよ」
「知っている。すまない。謝ってばかりだ、私は」
熱いため息を吐いて、ヴィンセントが私の肩に顔を伏せる。
預けてくれた重みも嬉しくて、私はぎゅうっと彼にしがみつく。
「謝らないでください。私、ヴィンセント様が私を閉じこめたいなら、嬉しいです」
「…………」
ヴィンセントは黙って私を強く抱いた。
服が邪魔だな、と思った。
私とヴィンセントの間にあるもの、すべてが邪魔だ。
空気も、服も、いっそ皮膚も邪魔かも知れない。
もっともっと、あなたの近くに行きたい。
すり、と体をすりつけると、ヴィンセントも答えてくれる。
「ん……」
足の間に硬いものが当たって、思わず声が出てしまった。
ヴィンセントだ。ヴィンセント自身が、硬くなっている。
そう気づいた途端、じわん、とお腹が温かくなって、私ははっとする。
とろん、と、体の奥から蜜がこぼれてくる感触。
ヴィンセントに気づかれてしまいそうなほどの――。
「ご、ごめんなさい!」
私がヴィンセントを押し離そうとすると、ヴィンセントはわずかに青ざめた。
「……! すまない」
「え? あ、ヴィンセント様が謝ることは何もありませんよ……?」
「いや、謝るべきだろう。お前が傷ついているのに、わたしは」
歯を食いしばり、自分の前髪をわしづかみにするヴィンセント。
言葉ににじむ本気の悔しさに、私は慌てて彼の腕にすがった。
「違うんです、私、ヴィンセント様なら大丈夫です!」
「無理をするな。男に触れられるのはまだ嫌だろう、やはり聖女殿を呼んでこよう」
「嫌です!」
思わずはっきり言い切ってしまった。
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