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だが、そんなトールとは逆に、イオが来たことによって広場中が一瞬、しん……と静まり返った。そして、再び騒めき始めた時、それは酷く険悪な雰囲気に変わっていた。
「な……に……?」
驚いたのはトールの方だった。イオは刺すような視線のなか、平然と立っていた。
「ねっ、トール。あの人といて怖くない?」
フィンはトールにしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「なんで?」
トールは視線でイオを追いながら、フィンの声に耳を傾ける。
「だってね、いつもお母さんが、トールが可哀想だって言うの。あんな男に育てられて可哀想だ、って。怖い人なんでしょ?」
フィンは何を言っているんだ。意味が分からない。イオは怖くなんかないし、ボクは可哀想なんかじゃない。
「そんなこと、ない」
トールはきっぱりと否定した。しかし、村人たちの態度は気にかかる。
フィンの母親がイオを嫌っていることは解っていた。だけど、まさか他の村人たちまでなんて。
そう思ってから、ふと頭に浮かんできた朧気な映像。
幼い時に数回イオと市に来た……。
あの時の雰囲気が……。
ボクは怖くて、泣いた。それから、市の日はお留守番……。
────どうして忘れていたんだろう。
朧気な映像は次第にはっきりとしてきた。泣いている自分を抱き上げ、足早にその場を去るイオ。
いったい、どんな理由が……。
イオが余り村の中程まで出てこないのは、このせいなのか。
でも! それでもだ!
ボクのイオに対する気持ちは変わらない。
「そうなの?怖くないの。ふーん。ね、じゃあ、あの人のこと好き?」
フィンは先程から余り深く考えずに、物を言っているのだろう。いつもは可愛いと思えるその無邪気さが、今は苛立たしい。
「ああ、好きだよ。だって、父親だもんな」
少し口調がきつくなってしまう。
「あら、あの人、トールのお父さんじゃないんでしょ」
「えっ」
トールは再び驚かずにはいられなかった。それは今まで、少しも聞いたことのない話だ。
「どういうことっ、それ!」
余程怖い顔をしていたのだろう。フィンが少し怯えたように、
「え、だって……お母さんが……──」
しどろもどろに言いかけて、フィンは口をつぐんだ。彼女の視線の先に、物凄い勢いでこちらに向かってくる彼女の母親がいた。
「フィーネ!帰るよっ!!」
「え、でもっ」
「はやくっっ!!」
彼女の持つ籠には、まだ、ケーキは残っているようだった。それを全て売り切りもせずに、強引にフィンを引っ張って広場を出て行く。
普段から訪れている“市”で起きた突然の出来事。
今まで築き上げてきたものが。今まで信じてきたものが、崩れ去る予感がした────。
★ ★
少年が村外れの自分の家に帰って来たのは、夜空いっぱいに星が瞬く時刻になっていた。
イオ。きっと心配しているだろうな。
フィンが母親に連れて行かれてから、すぐにイオの姿を探した。しかし、眼を離した一瞬で、何処へ行ってしまったのか、分からなくなってしまった。
家に帰れば恐らくイオはいる筈だが、イオに対する村人たちの反応、そして、何よりフィンが言った言葉が、トールの足を遠退かせた。
家に帰りイオと顔を合わせれば、きっと問いただしてしまう。そうすることは、恐らく取り返しのできない結果を招くことになるだろう。
トールは広場を出ると、瑠璃の谷へと向かった。
ごめんね、と言いながら、瑠璃色の花の上に、ごろんと寝転ぶ。花の甘い香りが鼻腔をくすぐる。青い空を見上げていると、だんだん安らかな気持ちになってくる。
眠気を感じ始め、ゆっくりと眼を閉じた。
ここは、いつでも、ボクを優しく迎えてくれる。村人たちが言うような、悪魔の谷なんかじゃない。
そう、幼い時から……。
幼い時?
ふと違和感を感じたが、その答えを探す前にトールは眠りに落ちていった。
「な……に……?」
驚いたのはトールの方だった。イオは刺すような視線のなか、平然と立っていた。
「ねっ、トール。あの人といて怖くない?」
フィンはトールにしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「なんで?」
トールは視線でイオを追いながら、フィンの声に耳を傾ける。
「だってね、いつもお母さんが、トールが可哀想だって言うの。あんな男に育てられて可哀想だ、って。怖い人なんでしょ?」
フィンは何を言っているんだ。意味が分からない。イオは怖くなんかないし、ボクは可哀想なんかじゃない。
「そんなこと、ない」
トールはきっぱりと否定した。しかし、村人たちの態度は気にかかる。
フィンの母親がイオを嫌っていることは解っていた。だけど、まさか他の村人たちまでなんて。
そう思ってから、ふと頭に浮かんできた朧気な映像。
幼い時に数回イオと市に来た……。
あの時の雰囲気が……。
ボクは怖くて、泣いた。それから、市の日はお留守番……。
────どうして忘れていたんだろう。
朧気な映像は次第にはっきりとしてきた。泣いている自分を抱き上げ、足早にその場を去るイオ。
いったい、どんな理由が……。
イオが余り村の中程まで出てこないのは、このせいなのか。
でも! それでもだ!
ボクのイオに対する気持ちは変わらない。
「そうなの?怖くないの。ふーん。ね、じゃあ、あの人のこと好き?」
フィンは先程から余り深く考えずに、物を言っているのだろう。いつもは可愛いと思えるその無邪気さが、今は苛立たしい。
「ああ、好きだよ。だって、父親だもんな」
少し口調がきつくなってしまう。
「あら、あの人、トールのお父さんじゃないんでしょ」
「えっ」
トールは再び驚かずにはいられなかった。それは今まで、少しも聞いたことのない話だ。
「どういうことっ、それ!」
余程怖い顔をしていたのだろう。フィンが少し怯えたように、
「え、だって……お母さんが……──」
しどろもどろに言いかけて、フィンは口をつぐんだ。彼女の視線の先に、物凄い勢いでこちらに向かってくる彼女の母親がいた。
「フィーネ!帰るよっ!!」
「え、でもっ」
「はやくっっ!!」
彼女の持つ籠には、まだ、ケーキは残っているようだった。それを全て売り切りもせずに、強引にフィンを引っ張って広場を出て行く。
普段から訪れている“市”で起きた突然の出来事。
今まで築き上げてきたものが。今まで信じてきたものが、崩れ去る予感がした────。
★ ★
少年が村外れの自分の家に帰って来たのは、夜空いっぱいに星が瞬く時刻になっていた。
イオ。きっと心配しているだろうな。
フィンが母親に連れて行かれてから、すぐにイオの姿を探した。しかし、眼を離した一瞬で、何処へ行ってしまったのか、分からなくなってしまった。
家に帰れば恐らくイオはいる筈だが、イオに対する村人たちの反応、そして、何よりフィンが言った言葉が、トールの足を遠退かせた。
家に帰りイオと顔を合わせれば、きっと問いただしてしまう。そうすることは、恐らく取り返しのできない結果を招くことになるだろう。
トールは広場を出ると、瑠璃の谷へと向かった。
ごめんね、と言いながら、瑠璃色の花の上に、ごろんと寝転ぶ。花の甘い香りが鼻腔をくすぐる。青い空を見上げていると、だんだん安らかな気持ちになってくる。
眠気を感じ始め、ゆっくりと眼を閉じた。
ここは、いつでも、ボクを優しく迎えてくれる。村人たちが言うような、悪魔の谷なんかじゃない。
そう、幼い時から……。
幼い時?
ふと違和感を感じたが、その答えを探す前にトールは眠りに落ちていった。
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