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しおりを挟むシウさんより年上に見えたこの男は、彼の同級生だ。
“あの窓”からシウさんが手を振っていた、“あの場所”でシウさんが辛そうに見つめていた、そして、あの“緑の写真”の中の男。
あと、ひとつ ── 思い出した。
沖縄の最後の夜、酔って寝ていたシウさんの唇から零れた言葉。
『と……ま……』
あれはこの男の名前だったのか ── タチバナ トウマ。
あの頃、何でシウさんがあんなにも辛そうに、ふたりを見ていたのか。
それは ── この男のことが好きだったから。
小学生の俺には分からなかった。でも、今の俺には分かる。
シウさんは、今でも、この男のことが好きなのだろうか。それとも、その想いは、もう叶ったのだろうか。
「どう?いいと思うんだけど」
そんなシウさんの声で、思考は中断される。途中から何も眼に入っていなかった俺は、再び眼の前の男の顔をじっと見た。
余り表情の出ない俺の視線は、人によっては“睨んでいる”と思われるらしい。中高の頃は、そのせいで絡まれることも多かった。
そんな俺の視線をまともに受け、タチバナ トウマは、くすっと軽く笑った。大人の余裕が滲みでている。
「うん、いいんじゃないか」
その言葉にも、何処か子ども扱いされているような気がした。
シウさんのことに対しても、俺より優位に立っているのだと誇示しているようで、俺は酷く腹立たしさを感じた。
俺たちは、その足で六階のデザインルームを訊ねた。先程エレベーターで出くわした女性に、改めて紹介された。
Citrus のトップデザイナー。渡された名刺には『羽衣陽向 Hagoromo Hinata』と書いてあった。
Citrus の優しげでふんわりとした雰囲気のデザインとは違い本人は、名前のイメージ通り、闊達な物言いをする姉御肌の女性だった。
**
“タチバナ”春夏コレクションのモデルとして、正式な依頼を受けてから、俺は今までにない忙しさに追われた。
大学と今までの仕事の合間に、Citrus の本店に足を運ぶ。イメージを固めたいからという、羽衣さんからの要望で、デザイン画の段階から関わることになった。
シウさんも、時々顔を出す。その時には、大抵一緒に帰りがてら、気の向いた場所で撮影を始める。彼は常にカメラを持って行動している。彼は何も言わないが、写真集用の撮影は、もう始まっているのだろう。
シウさんと橘オーナーが一緒にデザインルームに顔を出すこともあった。そんな日は、俺とは一緒に帰らない。
ふたりが一緒にいるのを見る度、俺の心の奥底に、ぽつんぽつんと黒い雫が落ちて、少しずつ少しずつ溜まっていく。
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