黒薔薇の微笑

さくら乃

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第十一章

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「地下室……」
 底も見えない暗闇を前に美雪がごくりと喉を鳴らす。
 背後から忍び寄る気配にも怯えるが、ここに入る勇気はなかった。
 足が一歩後退る。
 その瞬間、背中にドンッという衝撃が加わった。
「あっ」
 咄嗟に出た声はそれだけだった。
 ゴトゴトゴトッという音共に、美雪の身体は闇の中に吸い込まれていった。その最中に扉が閉まる重々しい音が聞こえたような気がした。

「いたっ」
 あちこちぶつけたがどうにか骨などは折っていないようだ。
 ゆっくりと上体を上げ、座り込んだまま手探りで周りを確認する。それ程遠くない位置に壁があるようだった。
 その壁に縋るようにして立ち上がる。
「いつっ」
 右足首に痛みを感じた。捻挫でもしたのかも知れない。
 壁伝いにゆっくりと進んで行きながら、幾つかの扉があるのを確認した。しかし、開けてみる勇気はなかった。
 少し先に、細く灯りが漏れているのが見えた。どうやらその部屋の扉が薄く開いているようだった。
「美華……」
 何故だかそこに彼女がいるような気がした。
 
 扉をそっと開ける。
 中央に絨毯が敷かれた通路。両側に二列ずつの長机と椅子。長机の上には無数の蝋燭の炎が揺らいでいる。
 まるで礼拝堂のような。
(たしか……の中では……)
 どくどくと心臓が音を立てる。
 この先に大きな十字架がありーーそこにBLACK ALICEのウイが。
 見たくないのに、視線は勝手に通路の先を上がっていき、目に映ったのはーー大きな十字架だけだった。
「あ……なんだ……そう、だよね」
 ほっと安堵の息を漏らす。
 十字架の手前には教壇のような高い机があり、その陰で何かが動いて見えた。
「美華? 美華なの?」
 右足首の痛みを堪えながら、小走りにそこへと向かう。
 低めの一段を上がり、机の陰へと。

「だぁれ?」
 声がした。
 美華の声ではない。
 美華はーー冷たい床の上に仰臥していた。
 彼女の身体は黒い薔薇の花で飾られていた。血の気の引いた、唇まで蒼白い顔。着ている衣服が全て赤く染まっている。胸の辺りで組まれた両手は、美しい装飾が施された短剣のを握っていた。
「ひっ」
 喉を詰まらせたような声が漏れた。
「ね、わたくし、綺麗でしょう」
 そう言っているのは、ユエに良く似た顔の黒いドレスを着た貴婦人。
 濃緑の瞳はこちらを見ているようで見ていない。
 血溜まりに手を浸して、白い肌に塗りたくる。先程からそうしていたのか、何処も彼処も血に染まっていた。

 美雪はそれを見ながらゆっくりと足を後ろに下げた。物音を立てないように静かに。
 本当は叫びだしたいくらいなのに。
『あの女』の目に自分が映らないうちに、と。
 何歩か後ろに下がると、くるっと向きを変えた。蝋燭が揺らめく通路を走り抜け、扉の向こうへと飛び出した。
 頭は真っ白だった。
 どちらに行けばいいのか判断出来ず、更に地下室の奥へと向かって行く。
 とにかく何処かへ身を隠さなくては、『あの女』が来る前に。その思いだけに支配されていた。
 
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