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第十章
1
しおりを挟む彼は、開け放たれた門の中へと車を滑り込ませた。
車から出て、洋館を仰ぎ見た。
空は赤黒い雲に覆われ薄暗い。時折雲の中に見える稲光も、薔薇の花びらを狂ったように舞い散らしている強い風も、嵐の予感をさせていた。
そんな視覚的なものも勿論ある。しかし、それよりも感覚や直感に訴えてくる、狂いや歪みのほうが大きく感じられる。
ソウの身体を包み込む空気が重苦しい。
きりきりと痛む頭、ざわざわと騒めく胸が、不安を掻き立てる。
迷っている時間はないのだと感じた。
館の扉を大きく開いた。
しんと静まり返っている玄関ホール、階段、長い廊下。
静かなのは当たり前なのだ。
この広い館に四人ーー今は恐らく三人しかいないーーのだから。
いつもの静けさなのに、そこに淀んだ何かがあるような気がした。
「ユエ! トワ!」
ソウは声を張り上げ、今館内にいるであろう二人の名前を呼んだ。
返事はない。
中央階段を駆け上り、右へ折れる。
左翼の中程の部屋の扉を開けて飛び込んだ。
このひと月程は、ソウとユエは同じ部屋で過ごしていた。
「ゆい!」
しかし、そこには誰もいなかった。
朝自分が買い出しに出掛ける時には、まだユエはベッドの中だった。
『出掛けるけど、一緒に行くか』
『んー……いい、行かない……』
半分寝ているような返事が返ってきて、たぶんその後もまた眠りについたに違いない。
しかし、今ここにはいない。
勿論行動の制限などしているわけではないのだから、館内の何処に行こうと彼の勝手だ。
(しかし……嫌な予感しかしない)
館内を全て探して回るか。
そんなふうに考えていた時、何者かに呼ばれたような気がした。
声が聞こえたわけでもないのに、それに従うように身体は動く。
今来たところを引き返す。
階段を下りて玄関ホールに立つ。迷いもなく、左翼側の廊下を奥へと向かった。
この廊下の一番奥には。
鍵の掛かった扉があった。他の個室のような飾り彫りのある扉ではなく、何の飾り気もない黒い鉄の扉。
自分の足はそこへと向かっているのだと、ソウは思った。
そこへはこの洋館に来た当初館内を探索した時以来来てはいなかった。
この辺りには物置のような小部屋が多く、余り来る必要性を感じなかった。
そればかりではなく、何処か近寄ってはならない雰囲気が漂っていたのだ。
それはーーユエの見た夢に起因しているのかも知れない。
この洋館とよく似た館の中を歩き、一階の一番奥の扉の前に立つーーそんな夢だ。
途中で異変を感じた。
薄灯りが揺れる先でーーその扉が開かれていたのだ。
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