37 / 77
第六章
5
しおりを挟む
答えは出ぬまま小さくノックする。
数秒立っていたが扉は開かない。
(だろうな……)
トワはたぶん扉を開けないだろうと思ってはいた。
(もし、鍵がかかってたら……)
そのまま帰ろう。
そう思いながらノブに手を掛け、ゆっくり回す。内鍵は掛かっていないことがわかった。
そっと扉を開き中を見ると、トワはベッドの端に腰掛け項垂れていた。
音を立てずゆっくり歩き、彼の前に立つ。
トワは目を閉じていて、寝ているのかとさえ思う程侵入者に反応しない。
その顔にはユエのつけた血の痕があった。
衣服は上下とも黒でわからないが、恐らくユエについていた血が擦りついている筈。
「……顔ぐらい洗えよ」
その血の痕に触れようと指先を伸ばすとーー拒まれた。
手首を掴まれ、睨まれる。
その目は泣いたように充血していた。
「笑いに来たのか」
凍りつきそうなくらいに冷たい声音。
「笑うわけ、ないだろ」
いつも本音を隠すにやにや笑いは今はない。
二人の間には、触れれば切れそうなくらいの緊張感があった。
「ほんとは……」
ウイの声は、トワの気持ちを共有してしまっているように苦しげなものだった。
「そのまま見逃すつもりだった」
「なに?」
「おまえがすごく苦しそうだったから……思いを遂げさせてやりたかった」
「…………」
お前に何がわかるんだとでも言いたげなくらい冷たい瞳で睨まれている。それに怯まないようにウイは視線を外した。
「だけど、思いを遂げた後に、おまえがもっと苦しむだろ」
だから、止めたんだ。その言葉は飲み込んだ。
それが全てではないから。
(それだけじゃない……苦しいのはオレも一緒だ)
それを見ているのが辛かったからだ。
「ふん」
嘲るような笑いに、自分の気持ちを見透かされたような気がした。
ぐっと爪痕がつきそうなくらいに、手首を握る手に力を込められる。
痛さでウイの顔が歪んだ。
「じゃあ、おまえが代わりになれよ」
その言葉はウイの内側深くに突き刺さった。
最初から気がついていた。
トワの身体は先程のことが尾を引いて、まだ興奮状態だということを。身体の中心に熱を孕んでいた。
(苦しい……でも……)
トワは四歳年上のウイにも敬語を使ったりはしなかったが、こんなふうに攻撃的な物言いもしたことはなかった。彼にとってはユエが全てで、あとはどうでも良い存在なのだ。だから、喧嘩にもならない。
「いいよ」
その言葉にトワは酷く驚いたような顔をした。
掴まれていないほうの手でトワの頬にーーその血の痕に触れる。
今度は拒まれない。
(おれはいいんだ。身代わりでも……苦しくても……)
身体を傾けて、トワの唇に自分のそれでそっと触れる。
(おまえにとって、どうでも良いおれが身代わりなら、そのほうがおまえは苦しくないだろ……)
数秒立っていたが扉は開かない。
(だろうな……)
トワはたぶん扉を開けないだろうと思ってはいた。
(もし、鍵がかかってたら……)
そのまま帰ろう。
そう思いながらノブに手を掛け、ゆっくり回す。内鍵は掛かっていないことがわかった。
そっと扉を開き中を見ると、トワはベッドの端に腰掛け項垂れていた。
音を立てずゆっくり歩き、彼の前に立つ。
トワは目を閉じていて、寝ているのかとさえ思う程侵入者に反応しない。
その顔にはユエのつけた血の痕があった。
衣服は上下とも黒でわからないが、恐らくユエについていた血が擦りついている筈。
「……顔ぐらい洗えよ」
その血の痕に触れようと指先を伸ばすとーー拒まれた。
手首を掴まれ、睨まれる。
その目は泣いたように充血していた。
「笑いに来たのか」
凍りつきそうなくらいに冷たい声音。
「笑うわけ、ないだろ」
いつも本音を隠すにやにや笑いは今はない。
二人の間には、触れれば切れそうなくらいの緊張感があった。
「ほんとは……」
ウイの声は、トワの気持ちを共有してしまっているように苦しげなものだった。
「そのまま見逃すつもりだった」
「なに?」
「おまえがすごく苦しそうだったから……思いを遂げさせてやりたかった」
「…………」
お前に何がわかるんだとでも言いたげなくらい冷たい瞳で睨まれている。それに怯まないようにウイは視線を外した。
「だけど、思いを遂げた後に、おまえがもっと苦しむだろ」
だから、止めたんだ。その言葉は飲み込んだ。
それが全てではないから。
(それだけじゃない……苦しいのはオレも一緒だ)
それを見ているのが辛かったからだ。
「ふん」
嘲るような笑いに、自分の気持ちを見透かされたような気がした。
ぐっと爪痕がつきそうなくらいに、手首を握る手に力を込められる。
痛さでウイの顔が歪んだ。
「じゃあ、おまえが代わりになれよ」
その言葉はウイの内側深くに突き刺さった。
最初から気がついていた。
トワの身体は先程のことが尾を引いて、まだ興奮状態だということを。身体の中心に熱を孕んでいた。
(苦しい……でも……)
トワは四歳年上のウイにも敬語を使ったりはしなかったが、こんなふうに攻撃的な物言いもしたことはなかった。彼にとってはユエが全てで、あとはどうでも良い存在なのだ。だから、喧嘩にもならない。
「いいよ」
その言葉にトワは酷く驚いたような顔をした。
掴まれていないほうの手でトワの頬にーーその血の痕に触れる。
今度は拒まれない。
(おれはいいんだ。身代わりでも……苦しくても……)
身体を傾けて、トワの唇に自分のそれでそっと触れる。
(おまえにとって、どうでも良いおれが身代わりなら、そのほうがおまえは苦しくないだろ……)
20
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる