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第二章
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しおりを挟む階段を上り切る前に人影が見えた。
(おおーっ。トワみーっけ)
吹き抜けのすぐ左。おそらく『サロン』として使われてたと思われる部屋。そして、ユエの根城。
その部屋の扉の前に一人の男の、項垂れた後ろ姿が見えた。
途端にウイの足取りが軽やかになる。
黒から青へのグラデーションカラー。水色の毛先がひょこひょこと揺れる。肩につくかつかないかの長さの髪は、疎らに長い髪が混じっていてそれがぴんぴん跳ねている。
「トワくーん、何やってるの?」
真後ろに立って声を掛けると、はっとしたように振り向いた。
別段音を立てずに忍び寄ったという訳でもないのに、声を掛けるまで気づかなかったらしい。
「ウイ……」
ウイも背が低い方ではないが、メンバー一背の高い男から見下ろされている。しかし、ミルクティーブロンドのさらりとした前髪が目を隠し、どんな表情をしているのかわからない。
「どうした? こんなとこで。中に入んないの?」
「…………あんたにやる」
「え……っいたっ」
ちくんっとした痛みがウイの掌に走った時には、トワはもう背を向けて階段を上がり始めていた。
ウイの手に残ったのは、一本の深紅の薔薇。
その棘に傷つけられ肌からは、薔薇の色と同じ紅い血が流れる。トワの手にも紅い線があった。
「こんな、手を傷つけてまで」
棘のない場所を指で摘み、くりくりと回す。
「これ、ユエにやるつもりだったんだろーーほんと、不器用なやっちゃなぁ」
「ボクちゃんが渡しといてやるか」
扉に向かい合うと、もう既にほんの少しだけ開いていた。
「あ……あー」
上向いて自分の目を片手で塞ぎ、そっと扉を閉めた。
「もう……っ。この部屋鍵ないんだから、気をつけてろって」
ちらっと目に映った、ソウとユエが口づける姿は、見なかったことにした。
深紅の薔薇を大事そうに持ち、ウイはその場を離れた。
★ ★
そっと鍵盤に触れ、音を奏でる。
『黒薔薇の葬送』のメロディ。『黒薔薇の葬送』はショパンのピアノ・ソナタ二番をモチーフに、ユエが作詞作曲をした。
ユエをメンバーに加えた当初彼は歌う時以外は、ぼんやりとしていた。そんな彼にピアノを教えたのはソウだった。
彼の目に少しずつ光が宿り、少しだけ笑みを浮かべるようになった。
ユエの作った曲も、BLACK ALICEの曲目の中に加えられるようにまでなった。
(なんだか、もう、遠い昔のことのようだ)
ソウは曲を途中で止め、ソファーに近寄った。
ぐっすりと眠るユエの顔を見る。
何処かの寝室からユエが持ってきていた毛布を、裸の身体に掛けてあげていた。
(今度は夢も見ずに眠れてればいいんだが)
特に苦しげな様子もない、穏やかな寝顔だった。
もう既に彼らーーBLACK ALICEの世界は変わり始めており、それはまだこれからも続くだろう。
そんな予感が、彼ら全員の胸の中にあった。
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