黒薔薇の微笑

さくら乃

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第二章

 3

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 見れば、ソファーの周りにもピアノの周りにも、くしゃくしゃに丸められた紙が散らばっていた。
 その中にあってが大事そうに、頭の傍に置かれている。
 男はそれを手に取った。
 一組の楽譜。

『黒薔薇の葬送』

 一枚目にはそう書かれていた。
 SAKURAドームでのTHREE DAYSの最終日に、発表される筈の新曲だ。
 その数か月前には、ツアーの合間を縫ってヨーロッパの古城でMVも撮影されている。ツアーで使われてる映像、パンフレットを担当しているカメラマン『SHIU シウ』の手に寄って。

 しかし、それはもう二度と世に出ることはないだろう。
 男は手にした楽譜をまた大事そうに元の位置に戻した。

(今にして思えば、から……やっぱり
 そんな想いが過ったが、
(今さら)
 そう打ち消して溜息をいた。


 再び苦しげな寝顔を見ると、額の汗をそっと指先で拭う。
「ユエ……」
 そう小さく呼びかけた。
 しかし、彼は目覚めない。
「ユエ……ユエ」
 もう一度呼びかけ、肩を何度か揺すった。
「あ……ソウ……」
 ゆっくりと瞼がひらく。
 黒い瞳は、じっと見つめると緑がかって見えた。
 この男の瞳はこんな色だったか? と思わずにいられない。

うなされてた」
 ユエは差し出された手を借りて身体を起こすと、億劫そうに背凭れに寄りかかって座る。その横にソウも腰をかけた。
「ーー馬鹿だよね……『BLACK ALICE』はもう活動できやしないのにね……」
 暫く放心していた彼の目に、やっと周りに散らばった紙くずが映った。
 くすっと、何処か自嘲気味に笑う。
「そんなことないーー『BLACK ALICE 』はきっと復活する。もう一度れる時が来るよ」
 ソウは労るようにそっとユエの肩を抱き寄せた。彼の腕の中でユエの身体は細かく震えている。
「でも……! ヒビキが! ヒビキがもういない」
「ユエ…………」
(そう、ヒビキはもういない。俺たちは大事なドラムを失ったんだ、あの日ーー)

 ヒビキは、死んだ。
 血のような深紅の薔薇に彩られて……。

 ユエの言う通りBLAC KALICEは、恐らく復活しないだろう。
 それはソウ自身も解っていた。
 しかし。
 この洋館に来て一週間の間、ユエはこの部屋で過ごしていた。他にいくつもある寝室では寝ずに、グランドピアノのあるこの部屋のこのソファーで寝ていた。
 起きている間は狂ったように、ピアノを弾き譜面に起こし、そして捨てるというのを繰り返す。
 その苦しげな姿を見ていたら、『BLACK ALICEは復活する』そう言ってやりたくなるのも当然だ。


 
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