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えぴろーぐ
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しおりを挟む赤い薔薇は『愛情』
九本の薔薇は『いつまでも一緒にいてください』
樹は僕に似合っているとチューリップを選んでくれた。樹ならチューリップよりもやっぱり薔薇のほうが似合う気がする。
九本の薔薇の花束は僕には高価で、これの為にバイトを始めたと言ってもいい。
「……いっくんのくれた花たちのメッセージの答え……なんだけど」
樹はまだ驚いたような顔をしていて、僕は心臓をばくばくさせた。
(えっと……やっぱり間違っちゃった? ええいっいいや、言ってしまおう!)
そう決意はしたものの、恥ずかしさで視線は樹の顔から外れ、胸の辺りに落ちる。
顔がめちゃくちゃ熱い。
「あのね、いっくん……っ」
「──間違って……ねぇ」
頭の上から降って来た言葉──それは低い呟きだった。
僕は見上げる。
ちょっと視線を外した隙に、樹はぐっと僕に近づいていた。
僕を見下ろすその顔は、何処か複雑そうな表情だった。
「でも、それは……ナナへのメッセージじゃないんだ……」
「え?」
(僕に……じゃない……? やっぱり間違いなの……?)
樹の真意がわからないうちから、もう涙が出そうになっている。
でもとにかくこれだけは。
「……いっくん……お祝い受け取ってくれる……?」
僕は赤い薔薇の花束を樹の胸に押しつけるように差し出した。
傍にある車のリアウィンドウに、泣き笑いみたいな顔が映っている。
樹の両手が花束を抱えた僕の両手に重なる。
「だって……男が花言葉になんて気づかない可能性のほうが高いだろ? ──だからそれは、伝えられなくても構わない、俺のナナへの気持ちなんだ」
花束はそっと樹に奪われた。
僕は樹の言葉を頭の中でゆっくりと噛み砕いた。
「えっと……じゃあ、やっぱり……」
「間違ってない」
さっきと同じ言葉だけど、今度は随分と照れ臭そうだ。
「ナナが俺のことを……なんて、思えなかったけど。今日は玉砕覚悟で伝えようと思った」
「……僕も玉砕覚悟で……もし、間違っちゃっても、いっくんなら、それでも友だちでいてくれるだろうって……そっちの可能性のが高いんじゃないかって……だっていっくん、僕のこと『親友』って……」
伝えたい気持ちが溢れ出すぎて纏まらない。思う端から零れしまう。樹に伝わっているだろうか。
「『親友』って、それ、ナナが言ったんだろ?」
くすっと笑われる。
「あ……う……そうでした」
「あの言葉は嬉しかったけど、辛かったな……やっぱそれ以上にはなれないのかって……でも、あの時ははっきり言える立場でもなかったし、玉砕したらそれこそ受験どころじゃないし」
『……いっか、今は……』
(あの時……やっぱり、いっくんはそう言ったんだ……どういう意味かわからなかったけど……)
「いっくん、あのっ」
まだまだ言い足りない。大事な言葉を言っていない。
でも、突然樹に肩を掴まれて引き寄せられた。
吃驚して、一番言いたい言葉もどこかにすっ飛んだ。
「ナナこそ……これ、間違いじゃないよな」
「間違いじゃないよっ僕いっくんのこと、ずっと──」
耳元でガサッと音がする。
横目に薔薇の赤がぼやけて見えた。
えっ? と思った瞬間、顔に影が落ちる。
ふにっと柔らかなものが唇の間近に軽く触れ、すぐに遠ざかった。
(今の……何……)
どきどきと心臓が煩い。
あの柔らかさには覚えがあった。
病室で、目尻に滲んだ涙を吸った──樹の…………。
樹が屈んで自分の額と僕の額をくっつけていた。
河津桜と車の陰。
そして、片手に持った薔薇の花束で顔を隠して。
(今のって……キ……)
脳裏でその言葉を浮かべるだけで心臓が弾けてしまいそう。
「あの……いっく……」
顔が近すぎて彼がどんな表情をしているのかわからない。
ただ顔の位置を少しずらしたのは感じた。
耳許に唇の感触。
樹の掠れた声で名を呼ばれた。
「ナナ──」
★ ★
僕らはこの一年間『親友』だった。
そんな僕らの関係に新たな名前がつけられるのだろうか。
僕らの新しい物語は今始まったばかり。
──それは、そんな『はじまりの日』の朝だった──。
★ ★
「ナナー、卒業式終わったらお祝いなー」
「うん、お祝いしよー」
「当然二人だよな」
「いっくんがそのほうがいいなら」
「あったりまえ」
びしっとデコピンが飛んできた。
End.
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