はじまりの朝

さくら乃

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第二十七章

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『今日は忙しかったろ』
『うん。まだ全然片付いてなくて』
『帰るの申し訳ない感じだった』
『仕方ない。このバス最終だから』

『うん』

 しょんぼりスタンプを送る。

『頑張ってんだな』
『最初は大丈夫なのかって心配してたけど』


(心配してくれたんだ……)


 じんわりと嬉しくなってくる。


『ありがとー』

 ハートマーク送りたいけど、やっぱり気持ち悪く思われそうで出来ない。明が平気でやるのが少し羨ましい。

『いっくんは今日は? 何処か行ってたの?』
『昼間模試があって、その後母のところに行ってた』
『そうなんだ』


(お母さんとちゃんと会えてるだ。良かった)


 それから他愛もないメッセージの遣り取りをした。最初は同じバスに乗っているのに、顔も見れない距離が淋しいと思っていたけれど。


(なんだか二人だけの秘密みたいでときどきする)

(いっくんは……どう思っているのかな……)


 花が伝えるメッセージは、樹の想いか、それとも意味のないものか。自分にとってはこんな些細な出来事も幸せに感じるけど。彼にはなんともないことの可能性も大だ。


『もう着くな』

 その言葉が送られて来た途端、ピンポンとバス内に高い音が鳴る。そこかしこにある降車ボタンが点灯する。


(あ……もう終わり……)


 いつもは長く感じる時間もあっという間だった。
 バスが停留所に着いた。
 中程にいる樹は僕を待つことなく降りて行った。
 終点一つ手前のバス停ともなれば、もうそれ程乗客もいなく、僕はその一番最後にのろのろとついて行った。


(いっくんは……待ってるわけないよね──やっぱり、あの花は意味のない唯の花。少なくも僕の想いとは違う。だって、僕は会えないなんてやっぱりやだもん)


 ゆっくりとコンクリートの歩道に降り立つ。
 しょんぼりと、下を見ながら歩き始める。隣をバスが通り過ぎて行った。
「おいおい、しかとか」
 そんな声が追いかけてくる。
「え?」
 僕は立ち止まって振り返った。
「いっくん?」
 僕の少し後ろ。バスを降りてまっすぐの、歩道の脇の植え込み近くの位置に人影が。
 人影はパタパタと軽い足音を立てて僕の傍にやってきた。
「……先帰ったかと思った……」
「相変わらず下見ながら歩いてるのな。前見て歩けよ」
 ぴしっとデコピン。


(いっくんこそ……僕にデコピン、癖だよね……)


 呆然と樹の顔を見つめ、それからじわじわと嬉しさが湧いて来る。
 待っているなんて思っていなかった。


(だって、樹だから)


「バスの中でもいっくんのとこ行こうとしたら、止められたし」
「あ、やっぱし、来ようとしたんだ?」
 図星過ぎて、ぐっと喉を詰まらせる。
「えーまー、まさにアレが送られて来た時にですねっっ」
 自棄っぱちのように言った。


 
 
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