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第二十三章
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しおりを挟むとくんと胸が鳴った。
(なに……今の……)
たぶん意識がはっきりしていなかったのだろう。
『いつ』の僕に話し掛けていたのか。
それでも。
優しい声で、優しく撫でられて……僕はさっきまでとは違う涙をほろりと落とした。
その日僕がいる間には、もう目覚めなかった樹。
翌日の放課後に行って仕切りのカーテンの中に入ると、もう起き上がっていた。
頭側のフレームに背を凭せ掛けていた。
「いっくん! 目がっ……!」
吃驚し過ぎて大声を出してしまう。ここが病院であることを思い出し、慌てて自分の口を押さえた。
「ごめん」と謝ってから。改めて、
「いっくん、目が覚めたんだね。起き上がって大丈夫なの?」
小声で訊いた。
「ああ、少し熱あるけどもう平気だ」
声も顔も素っ気ない。
(目が覚めたら、どうなるんだろう)
昨日は優しい声で優しい言葉をくれて、優しく撫でてくれた。
でも、ちゃんと目覚めた時の樹は。
また元の冷たさに戻ってしまうのだろうか。
それは昨日からずっと考えていたことだ。
「そ……っか、良かった……」
どういう態度を取っていいのかわからず、立ち尽くす。
「座れば」
「あ……うん……」
取り敢えず勧められるままに、ベッドの脇にあるパイプ椅子に座る。
しかし樹の顔は見れず、上掛けの上にある樹の手を、吊るされた腕を見た。これは骨折した肩の保護の為だろう。
痛々しさに胸がきゅっと痛む。
「ナナは……」
名を口にされ、やっと樹の顔を見上げる。
声にさっきまでの素っ気なさが消えたから。
その瞳が酷く心配げに揺れていた。
「大丈夫なのか?……彼奴に叩かれてたろ……怪我は……?」
僕のことを心配してくれる言葉。その言葉だけで涙が出そうになる。
「うん、大丈夫だよ。腕の打撲と……これ……」
僕はなんとなく恥ずかしい心持ちで、両手首を上掛けに乗せて鬱血痕を見せた。
見せたら余計心配させちゃうかなとも思ったけれど、黙っていて後からわかるほうが樹が悲しい思いをするような気がした。
樹は骨折していないほうの手で、その鬱血痕を優しく擦った。
「痛いな……これ」
(いっくん……っっ。なんで、今日そんなに優しいの……っっ)
避けられている日々が続いた。
嘘も吐かれた。
僕らを守る為だったのかも知れない。
でも、辛くて哀しい日々だった。その時の気持ちが一瞬にして甦り、そして──。
今の樹は、その前までの樹とも少し違って、そう、子どもの頃の彼のように感じた。
──哀しみは温かさに塗り替えられた。
「もう、痛くないよ」
僕は涙が出そうなのを我慢しながら言った。少し声が震えているかも知れない。
「いっくんが……いっくんが守ってくれたから、僕は酷い怪我をしなくて済んだんだ。いっくんが……僕の代わりに怪我をしたから……」
もう我慢が出来なかった。ぼろぼろっと涙が零れてしまう。
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