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第二十一章
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当然樹もそう思ったに違いない。
でもぴくりと眉が動いたきり表情は変わらない。
「何のことだ? こんな時に」
(こんな時だけど、僕には大事なことなんだ。
これを言う為に来たんだから!)
そう心で叫ぶ。
「さっき冴木さんに偶然会ったんだ」
「梨麻に?」
(今も梨麻って呼ぶんだ)
小学生時代は別にしても。あの頃は男女ともクラスメートを下の名前で呼ぶことも多かった。僕はなかったけど。
樹が女の子の下の名前を呼び捨てで呼ぶのを初めて聞いた。それだけでもやもやしてしまう。
(けど、それは横においといて)
「話してくれたよ。冴木さんに『彼女のフリ』を頼んだって」
明らかに表情が変わった。
さっきは根拠もないのに言ったとでも思ったんだろうか。
根拠はちゃんとある。それを示されて、樹は動揺しているのを隠そうとしているように見えた。
「修学旅行の後くらいに突然頼まれたって。それから、四月にはもうそれも終わりになったって。でもいっくんが僕に『もう守れない。他に守りたい奴ができた』って言ったのは、それより後だよね? 全部嘘? それとも本当に他に『守りたい奴』がいるの?」
口を挟む余地もないくらい矢継ぎ早に言う。
「お前、ちょっと黙れ」
(いいや、黙らないよ。
この後が大事)
僕は樹に縋りつくように身体を近づけ、彼を見上げる。
「僕を避けたかった理由って、僕がいっくんを」
ガシャンッ。
僕は皆まで言えなかった。
突然前方の窓ガラスが割れた。
僕は門に背を向け、店側を見て立っていた。樹は逆に店側に背を向け、門を見て立っていた。
だから、気がついたのだろう。
その音がしたすぐ後に身を翻して、僕を頭から包み込んだ。
僕よりもずっと背が高く大きな身体が僕を被い隠した。
ボスッボスッ。
そんな音がして、何かが地面に数個転がった。
(石?!)
それは、投げるのにちょうど良さそうな石だった。恐らく樹の背に当たったんだろう。
(なんだよぉ、いっくん。
ちゃんと僕のこと守ってくれてるじゃない)
僕は涙が出そうになる。
「いっくんっ大丈夫?! 石当たったんじゃない?!」
「大丈夫だ」
彼はそう言うと僕の身体から離れ、門に向かって走って行く。僕もその後を追いかけた。
門を出ると、バタバタと走り去る数人の背中が見えた。
「くそっ」
樹はそう吐き捨てる。
僕のほうを見て。
「お前もうここには来るな──俺ももうバイト辞めるから」
「いっくん、辞めるの?」
「俺がいたら店開けらんねぇよ」
二年近くやっていたバイトだ。思い入れもあるだろう。樹は酷く悔しそうだ。
「それから──もう、二度と俺に近づくな」
僕は言いたいことの全てを言い終わらないうちに、再びその言葉を聞くことになった。
でもぴくりと眉が動いたきり表情は変わらない。
「何のことだ? こんな時に」
(こんな時だけど、僕には大事なことなんだ。
これを言う為に来たんだから!)
そう心で叫ぶ。
「さっき冴木さんに偶然会ったんだ」
「梨麻に?」
(今も梨麻って呼ぶんだ)
小学生時代は別にしても。あの頃は男女ともクラスメートを下の名前で呼ぶことも多かった。僕はなかったけど。
樹が女の子の下の名前を呼び捨てで呼ぶのを初めて聞いた。それだけでもやもやしてしまう。
(けど、それは横においといて)
「話してくれたよ。冴木さんに『彼女のフリ』を頼んだって」
明らかに表情が変わった。
さっきは根拠もないのに言ったとでも思ったんだろうか。
根拠はちゃんとある。それを示されて、樹は動揺しているのを隠そうとしているように見えた。
「修学旅行の後くらいに突然頼まれたって。それから、四月にはもうそれも終わりになったって。でもいっくんが僕に『もう守れない。他に守りたい奴ができた』って言ったのは、それより後だよね? 全部嘘? それとも本当に他に『守りたい奴』がいるの?」
口を挟む余地もないくらい矢継ぎ早に言う。
「お前、ちょっと黙れ」
(いいや、黙らないよ。
この後が大事)
僕は樹に縋りつくように身体を近づけ、彼を見上げる。
「僕を避けたかった理由って、僕がいっくんを」
ガシャンッ。
僕は皆まで言えなかった。
突然前方の窓ガラスが割れた。
僕は門に背を向け、店側を見て立っていた。樹は逆に店側に背を向け、門を見て立っていた。
だから、気がついたのだろう。
その音がしたすぐ後に身を翻して、僕を頭から包み込んだ。
僕よりもずっと背が高く大きな身体が僕を被い隠した。
ボスッボスッ。
そんな音がして、何かが地面に数個転がった。
(石?!)
それは、投げるのにちょうど良さそうな石だった。恐らく樹の背に当たったんだろう。
(なんだよぉ、いっくん。
ちゃんと僕のこと守ってくれてるじゃない)
僕は涙が出そうになる。
「いっくんっ大丈夫?! 石当たったんじゃない?!」
「大丈夫だ」
彼はそう言うと僕の身体から離れ、門に向かって走って行く。僕もその後を追いかけた。
門を出ると、バタバタと走り去る数人の背中が見えた。
「くそっ」
樹はそう吐き捨てる。
僕のほうを見て。
「お前もうここには来るな──俺ももうバイト辞めるから」
「いっくん、辞めるの?」
「俺がいたら店開けらんねぇよ」
二年近くやっていたバイトだ。思い入れもあるだろう。樹は酷く悔しそうだ。
「それから──もう、二度と俺に近づくな」
僕は言いたいことの全てを言い終わらないうちに、再びその言葉を聞くことになった。
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