はじまりの朝

さくら乃

文字の大きさ
上 下
109 / 163
第二十一章 

 4

しおりを挟む
 大学から電車で帰ってきて、駅の階段を降りて来た、ということだろう。
 

(けど、なんでそんなことまで話すの?)
 

「去年の夏休みにね、学校近くの海沿いのカフェでバイトしてたの」


(んん? そんなことなんの関係が……)

 
 出来れば早くこの場を去りたいと思っているのに、関係ないことを話し出されて困惑する。
「その海沿い、良く集団でバイクを走らせている人たちがいて、たまにバイト先にも来るんだけど……」


(これは……ひょっとして……例の……)


 どうやら関係なくもなかったらしい。
 僕はこの間の『リュウセイ会』の話を思い出した。
「その中のリーダーっぽい人が何回か来るうちに『バイト終わったら送っていてやる』とか『デートしようぜ』とか言われるようになって、断ってたらつきまとわれるようになって……」


(やっぱりそうだ)


「いつの間に大学や家の場所まで知られてて」


(こわっ)


 僕は樹の言っていた『ストーカーだろ』って言っていたのを思い出した。
「その頃にはもうリーダーの人じゃなく、数人で変わる変わるって感じだった。大声で話かけられたり、ずっと後をつけられたりしてたけど手は出されたりしなかった。でもある時、家の傍で手を引っ張られて三人くらいで連れて行かれそうになって……通りがかりの人に助けられた」
「あ……それってもしかして……」
 話の流れからいってそうとしか思えないのに、何が『もしかして』なんだろう。
 言っておいて溜息が出そうになる。
「そう樹くんだよ……彼って喧嘩強いのね。あっという間に、相手が逃げて行った」
 ふふっと軽く笑う。
「そうでしたか」
 怖いことだったのに、樹のことは大切な思い出のように話す。今でも樹を『好き』なのだろうと感じる顔だ。
「私の家BITTER SWEETの一本前の通りを入って行くの。その日はバイトで遅くなった私と、樹くんのバイト終わりの時間が重なったみたい。私ね、樹くんのこと知ってたんだ」
 六月初めの夕方はまだ明るく、彼女は青い空を見上げた。
「樹くんが入って来る前からあのお店の常連だった。カッコいい人が入って来たなって。途中で高校一年生だってわかった時はほんとびっくりだった。──特別話したことなかったから、樹くんは私のことわからないと思ったけど、ちゃんと気づいてくれた」


(僕は……いったい何を聞かされているんだろう。コイバナ?)


「助けてくれたのが知り合いだということに、それが樹くんだってことに、安心しちゃって。『あんたBITTER SWEETに良く来るだろ。彼奴ら何?』って訊かれて、それで話を聞いて貰ったんだ、ここで」


(ええっ)


 急にめちゃくちゃこのベンチが座り心地悪いもののように感じて、尻をもじもじさせる。

 

 
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

処理中です...