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第十九章
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しおりを挟む春休みに入ると樹の長時間のバイト生活が始まった。
朝から夕方までか、昼前から夜まで。一日の時もある。
どのシフトかわからない。
わざわざラインで『今日はどんなシフト?』なんて毎日聞くのは気持ち悪く思われるだろう。『お休みはいつ?』というのも気軽に聞けないでいた。
帰って来そうな時間に然り気無く外に出てみたり、自室の窓から覗いてみたりするが。
(いっくん。最近すぐに帰ってきてないような気がするんだけど……。
もしかして……バイトの後に『彼女』とデート!)
そんなことを考えては落ち込む日々。
(あの時訊きたかったこと。
まだ訊けてないんだよなぁ)
その『彼女』との出会いはもしかしたら。
それを訊いてどうなるってこともないんだけど。
自分が辛くなるだけのような気もするんだけど。
また『彼女』に会ってしまうかも知れない。
そう思いながらも、僕はBITTER SWEETに向かっている。
大通りから中の細い道へ入り、高級感のある住宅街を歩いて行く。
迷うこともなくなるくらいには通っているBITTER SWEETの白い建物が見えて来た。
(あれ?)
ふと不審に思う。
夜になるとイルミネーションが綺麗な白い塀に数人の男たちが寄りかかっている。
この辺りでは見たことのない一見して柄の悪そうな男たちだ。
どうしようか迷ったが、別に声を掛けられることもないだろうと思い、そのまま前を通り抜けて門を潜った。
「いらっしゃいませ」
いつも通りに樹の声がする。
でも。
「ナナ」
僕を見るなり顔を顰めた。
(何だろう。今の顔)
最初にここに訪れた日以来こんな顔をされたことはなかった。
不思議に思い、つい彼を凝視してしまう。
「あれ? いっくんどうしたの、それ? なんかぼろ……」
『ぼろぼろ』と言い掛けて止めた。
そうなのだ。
口の端、それから、長袖シャツからちらっと見える場所に絆創膏。
「なんでもねぇ。気にするな」
口の絆創膏を押さえてからぼそっと言った。
気にするな、と言われても気になる。でもそれ以上は突っ込んではいけない雰囲気だった。
いつも通りカウンターに向かう。
店内は昼のピーク時を過ぎたとはいえ、何故かいつもより閑散としているような印象だった。
「いらっしゃい、七星くん」
カウンターの中から店長がこれまたいつも通りに、にこにこしながら声を掛けてくれる。
そらからやや顔を近づけ、
「外、大丈夫だった?」
僕にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「え?」
「外に柄の悪い連中いなかった?」
「……いました」
僕も店長にだけ聞こえるような声で答えた。
「なんか最近良くいるんだよ。しかも、入れ替わり立ち替わり。だからちょっとねぇ……」
店長は店内を見遣った。
どうやら閑散としているように見えた理由は、これらしい。
樹がカウンターに入ってきていつも通り僕の飲み物を作ってくれたものの、今日はラテアートはなし。
「俺今日遅いから、お前早めに帰れ」
去り際言い捨てる。
(いっくん……どうしたんだろう。
急に前に戻っちゃったみたいな)
切ない気持ちで飲んだカフェラテは、いつもより苦い気がした。
結局三十分程で僕は席を立った。
会計は仏頂面の樹。
釣銭を受けとる僕の手首を強く掴んだ。
「ナナ、お前──暫くここに来るな」
「え…………」
突き放されたような言い方に、僕はそれ以上何も言えなかった。
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