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第十八章
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胸がきゅうっと痛くなる。
(間違いない。
あの女性がいっくんの彼女。
学校で、きゃーきゃー騒いでる女子とは違う。
綺麗で、大人っぽくて、素敵なひと。
いっくんも柔らかく微笑んで……。
あんな顔は他の女子にはしない……)
軽く会釈した綺麗な顔が頭に浮かぶ。
(なんだよ。あれ。
余裕の笑みってヤツ?)
自分らしからぬ汚い言葉を胸の中で吐いて、はっとする。
(そんなわけないじゃん。
いっくんもあの人も、僕の気持ちなんて知らないんだし)
恐らく樹が僕のことを「友だちだよ」とでも耳打ちして、それで会釈しただけなんだろう。
樹が淹れてくれたカフェラテを僕はじっと見つめた。カウンターの上でぎゅっと握り締めた両の拳は白くなる程だった。
「……ナ。……ナナ?」
「……あ、いっくん」
いつの間に樹が戻ってきて僕の傍らに立っていた。長い時間のように思えたけど、実際はそんなに経ってはいない。
「何? その顔」
「えっ? どんな顔?」
いったい自分はどんな顔をしているんだろう。すごく嫌な顔をしていたらどうしよう。
慌てて自分の顔を触ってみる。
そうしたところでわかる筈もないのに。
樹は僕の気持ちを探るかのように顔を見つめていたが、そのことについては何も答えなかった。
「何時までいる? 俺今日五時までだから、それまでいるんだったら一緒に帰ろう」
「あ、うん……」
いつもだったら即答していただろう。
でも今は少し複雑な気持ちだった。
それでも、やっぱりその言葉は嬉しくて。
「じゃあ、待ってるね」
「おー」
(友だちでいいんだ。
一番の友だちで。
やっぱり……一緒にいたい)
その気持ちのほうが強かった。
樹はいつも通り自転車だった。
一緒に帰ろうと言われたが、それも駅までのこと。
「僕も自転車でこれば良かったかなー」
「自転車あるのか?」
「ないけど」
そう答えると「だめじゃん」と可笑しそうに笑われた。
最近笑ってくれることも多く。僕は密かに嬉しく思っていた。
「それに、お前の体力じゃ無理な距離じゃないか?」
「そうだねー」
あははと二人で笑い合う。
すごく良い雰囲気なのに。
「ねぇ……いっくん」
僕は、自分でも訊きたくないことを言おうとしている。
「なに?」
「あの人……」
「あの人って?」
「ほら、いっくんが見送りに出た……外まで見送りするの、珍しいよね」
(遠回しすぎる~~)
なかなか核心を突くことが出来ない。
「ああ……彼奴」
「か……彼女できたって聞いたんだけど……あの人……?」
「……まあね」
はっきりは言わないけど。
僕に向けた笑顔とはまた違う。
柔らかく優しい瞳。
ちょっと照れ臭そう。
(ああ。
もう、泣きそう)
「そ……なんだ。……えっと、いいの? 早く上がれたんなら、彼女とデートとか……」
その辺はもう聞きたくないのに。
頭がぐるぐるしちゃって止まらなくなる。
「彼奴……大学生だから忙しいし。今日も用事あるって。──俺から告ったから、あんま無理言えねぇ」
(なにそれ?
なんだよ、それ?
いっくんらしくもない。
そんなに……好きなの?)
「なんで、そんな泣くのを我慢してるみたいな顔、してるんだ?」
またじっと見つめられている。
「さっきもそんな顔、してたな」
「そ、そうかなぁ。そんなことないよぉ」
えへへっと無理に笑う。
(どうか、騙されてくれますように)
「そう?」
さらっと流してくれてほっとする。
「あ、ここまでだな」
気がつくと、もう、いつも別れる駅の前だった。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「いっくんも」
遠ざかって行く後ろ姿は、いつもと違って滲んで見えた。
(間違いない。
あの女性がいっくんの彼女。
学校で、きゃーきゃー騒いでる女子とは違う。
綺麗で、大人っぽくて、素敵なひと。
いっくんも柔らかく微笑んで……。
あんな顔は他の女子にはしない……)
軽く会釈した綺麗な顔が頭に浮かぶ。
(なんだよ。あれ。
余裕の笑みってヤツ?)
自分らしからぬ汚い言葉を胸の中で吐いて、はっとする。
(そんなわけないじゃん。
いっくんもあの人も、僕の気持ちなんて知らないんだし)
恐らく樹が僕のことを「友だちだよ」とでも耳打ちして、それで会釈しただけなんだろう。
樹が淹れてくれたカフェラテを僕はじっと見つめた。カウンターの上でぎゅっと握り締めた両の拳は白くなる程だった。
「……ナ。……ナナ?」
「……あ、いっくん」
いつの間に樹が戻ってきて僕の傍らに立っていた。長い時間のように思えたけど、実際はそんなに経ってはいない。
「何? その顔」
「えっ? どんな顔?」
いったい自分はどんな顔をしているんだろう。すごく嫌な顔をしていたらどうしよう。
慌てて自分の顔を触ってみる。
そうしたところでわかる筈もないのに。
樹は僕の気持ちを探るかのように顔を見つめていたが、そのことについては何も答えなかった。
「何時までいる? 俺今日五時までだから、それまでいるんだったら一緒に帰ろう」
「あ、うん……」
いつもだったら即答していただろう。
でも今は少し複雑な気持ちだった。
それでも、やっぱりその言葉は嬉しくて。
「じゃあ、待ってるね」
「おー」
(友だちでいいんだ。
一番の友だちで。
やっぱり……一緒にいたい)
その気持ちのほうが強かった。
樹はいつも通り自転車だった。
一緒に帰ろうと言われたが、それも駅までのこと。
「僕も自転車でこれば良かったかなー」
「自転車あるのか?」
「ないけど」
そう答えると「だめじゃん」と可笑しそうに笑われた。
最近笑ってくれることも多く。僕は密かに嬉しく思っていた。
「それに、お前の体力じゃ無理な距離じゃないか?」
「そうだねー」
あははと二人で笑い合う。
すごく良い雰囲気なのに。
「ねぇ……いっくん」
僕は、自分でも訊きたくないことを言おうとしている。
「なに?」
「あの人……」
「あの人って?」
「ほら、いっくんが見送りに出た……外まで見送りするの、珍しいよね」
(遠回しすぎる~~)
なかなか核心を突くことが出来ない。
「ああ……彼奴」
「か……彼女できたって聞いたんだけど……あの人……?」
「……まあね」
はっきりは言わないけど。
僕に向けた笑顔とはまた違う。
柔らかく優しい瞳。
ちょっと照れ臭そう。
(ああ。
もう、泣きそう)
「そ……なんだ。……えっと、いいの? 早く上がれたんなら、彼女とデートとか……」
その辺はもう聞きたくないのに。
頭がぐるぐるしちゃって止まらなくなる。
「彼奴……大学生だから忙しいし。今日も用事あるって。──俺から告ったから、あんま無理言えねぇ」
(なにそれ?
なんだよ、それ?
いっくんらしくもない。
そんなに……好きなの?)
「なんで、そんな泣くのを我慢してるみたいな顔、してるんだ?」
またじっと見つめられている。
「さっきもそんな顔、してたな」
「そ、そうかなぁ。そんなことないよぉ」
えへへっと無理に笑う。
(どうか、騙されてくれますように)
「そう?」
さらっと流してくれてほっとする。
「あ、ここまでだな」
気がつくと、もう、いつも別れる駅の前だった。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「いっくんも」
遠ざかって行く後ろ姿は、いつもと違って滲んで見えた。
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