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第十五章
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「ナナ……」
樹の目が見開かれ、黙ったまま僕を見つめた。
でも言葉はなかなか出てこない。
「なんでも。どんなことでも、受け止めるから」
だから言って欲しい、と。そこまでは口には出せず、目で訴えた。
「ナナのせいじゃない」
樹はきっぱりと言った。
「ナナの怪我はきっかけの一つなのには違いないけど」
「きっかけ……」
微妙な言い回しだ。それでもやはり自分の怪我が関係していることに少し苦しくなる。
(苦しい……でも……。全部聞かなきゃ……)
「全部俺のせいだ」
「え」
苦しそうにしているのは自分だけじゃない。樹のほうがもっともっと苦しげだった。
「あの時、お前に怪我をさせて逃げて行った奴がどうしても許せなかった。だから、K中に乗り込んで行って同じ目に合わせてやりたかった。お前と同じようにしてやりたかった」
指先でそっと僕の額を押さえる。しかし、すぐに離れて行った。自分が怪我でもしたように、痛そうな顔をして。
「でも、それは叶わなかったどころか、学校から家に連絡が入って、親が呼び出された。彼奴は来なかったけど」
あいつとは、樹の父親のことだろう。
「俺が子ども頃から彼奴に父親らしいところは何処もなかった。たぶん本当は子どもなんて欲しくなかっただろう。頭を撫でて貰った記憶もないどころか、大した会話もしたことがない」
テーブルの上にある両手が白くなる程握りしめられているのが見えた。
「いっくん……」
僕は自然とその冷たそうな手の上に自分の手を置いた。
実際は冷たいわけでもなかったが、それでも温めてあげたいと思った。
「彼奴が家にいる時走ったり騒いだりすれば、部屋から顔を出して、大声で怒鳴ってまたすぐ引っ込む。俺のやることは何もかも気に入らない──俺が野球をやるのも反対されてた。そんなのやっても仕方ない、塾に行って勉強しろってさ。勉強して、いい成績取って、いい高校、いい大学に入って、将来は弁護士か検事か? 彼奴の頭にはそんなことしかなかったんだろ」
ははっと乾いた笑いを漏らす。
「それを取りなしてくれたのが、母さんだった。母さんもいつも親父に怒鳴られてばっかでさ。自由に外にも出して貰えなかった──覚えてるか、ナナ」
俯いていた顔を上げて、僕を見る。
「母さんと一緒に野球の応援に来てくれたり、夏休みに一緒に出かけたりしたよな」
話が辛すぎて、声が出ない。それでもなんとか頷いてみせた。
「あの後、母さん、いっつも親父に怒鳴られてた。なんで出かけたんだって。酷い時には殴られてたよ。ごめんなさいって何度も謝ってた。謝る必要なんてないのに」
樹の目が見開かれ、黙ったまま僕を見つめた。
でも言葉はなかなか出てこない。
「なんでも。どんなことでも、受け止めるから」
だから言って欲しい、と。そこまでは口には出せず、目で訴えた。
「ナナのせいじゃない」
樹はきっぱりと言った。
「ナナの怪我はきっかけの一つなのには違いないけど」
「きっかけ……」
微妙な言い回しだ。それでもやはり自分の怪我が関係していることに少し苦しくなる。
(苦しい……でも……。全部聞かなきゃ……)
「全部俺のせいだ」
「え」
苦しそうにしているのは自分だけじゃない。樹のほうがもっともっと苦しげだった。
「あの時、お前に怪我をさせて逃げて行った奴がどうしても許せなかった。だから、K中に乗り込んで行って同じ目に合わせてやりたかった。お前と同じようにしてやりたかった」
指先でそっと僕の額を押さえる。しかし、すぐに離れて行った。自分が怪我でもしたように、痛そうな顔をして。
「でも、それは叶わなかったどころか、学校から家に連絡が入って、親が呼び出された。彼奴は来なかったけど」
あいつとは、樹の父親のことだろう。
「俺が子ども頃から彼奴に父親らしいところは何処もなかった。たぶん本当は子どもなんて欲しくなかっただろう。頭を撫でて貰った記憶もないどころか、大した会話もしたことがない」
テーブルの上にある両手が白くなる程握りしめられているのが見えた。
「いっくん……」
僕は自然とその冷たそうな手の上に自分の手を置いた。
実際は冷たいわけでもなかったが、それでも温めてあげたいと思った。
「彼奴が家にいる時走ったり騒いだりすれば、部屋から顔を出して、大声で怒鳴ってまたすぐ引っ込む。俺のやることは何もかも気に入らない──俺が野球をやるのも反対されてた。そんなのやっても仕方ない、塾に行って勉強しろってさ。勉強して、いい成績取って、いい高校、いい大学に入って、将来は弁護士か検事か? 彼奴の頭にはそんなことしかなかったんだろ」
ははっと乾いた笑いを漏らす。
「それを取りなしてくれたのが、母さんだった。母さんもいつも親父に怒鳴られてばっかでさ。自由に外にも出して貰えなかった──覚えてるか、ナナ」
俯いていた顔を上げて、僕を見る。
「母さんと一緒に野球の応援に来てくれたり、夏休みに一緒に出かけたりしたよな」
話が辛すぎて、声が出ない。それでもなんとか頷いてみせた。
「あの後、母さん、いっつも親父に怒鳴られてた。なんで出かけたんだって。酷い時には殴られてたよ。ごめんなさいって何度も謝ってた。謝る必要なんてないのに」
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