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第十三章
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「ん?」
「んん?」
明と大地が顔を見合わせる。
「今、先生って聞こえたけど──ボクの聞き間違いかなー」
笑いを我慢しているような顔をしている。
「間違いじゃねー。先生! 教師! 中学の!」
やや自棄糞気味な樹。
「いっがーい」
大地は完全に笑っている。
(酷いよ。大くん。
でも、意外。
ううん。そうでもないかも。
あの頃の樹だったら)
あの頃の樹の夢はプロ野球選手だったけど。
もし『先生になりたい』と言っていたら。
『それもいいよね! 体育の先生かな?』
そう言ってあげられてたかも知れない。
「あはは。そうでもないかもよー。で、教科は?」
そうでもないかも。
明も同意見らしい。明はけっこう本質を見抜く力を持っていると思う。
「……体育」
ちょっと間を置いて嫌そうに言う。
(あ。やっぱり)
「まー、それなら、納得かな」
「だねー。それしかないと思った!」
「は?」
どういう意味だ? という顔をしている。
体育の先生が合っているのはわかるけど、それしかないというのはとちょっと失礼な感じだ。
それに追い打ちをかけて。
「中学の体育のセンセーっておっかないイメージしかないな~」
意味ありげに樹を見る。
「どういう意味だ、それ」
「さぁ~どういう意味でしょー」
「このっ」
ふふふと楽しそうに笑う明のネクタイをぎゅっと引っ張る。
「やめてやめて、暴力はんたーい」
「ふんっ」
樹がぱっと手を離した。
明は曲がったネクタイを直しつつ、
「いつきー、大学行くならべんきょーがんばんないとね」
やや真顔になる。
「わかってる」
「あ、そうだ! ななちゃんに教えて貰えばいいよ」
「えっ」
僕と樹同時に声をあげた。
「なんでナナに」
反論でもしようと思ったか、そう言いかけて明に畳みかけられる。
「一年の時はボクがわからないとこ教えてたでしょー。でももうクラス違うからさー」
それから僕のほうに顔を向ける。
「ななちゃん、樹のこと頼むよぅ。こいつ、勉強ダメダメだから──知ってると思うけどー」
あははとまた笑う。
「え、でも。いっくんもこの高校に入ったくらいだから……小学校の頃と違うんじゃ」
(それに、いっくん嫌がるんじゃ)
ちろっと樹の顔を見る。
彼は眉間に皺を寄せていた。
「こいつ……」
(やっぱやだよね)
あとの言葉を想像する。
「こう見えて、意外とスパルタなんだぜ」
「えっ」
出てきた言葉は思いがけない一言だった。
「そーなのー?」
興味津々な顔になっていた。
「めちゃめちゃこえー」
そう樹に言われて慌てて反論する。
「ひどい、いっくん。そんなことないよぉ」
ぽすぽすっと樹の胸を叩く。
樹が僕のその手を受け止め、顔を覗き込んできた。
「そんなことない?」
念を押され、昔のことを思い返す。
小学校の頃の夏休み冬休み。
僕の家や樹の家で宿題をやっていた。午前か午後のどちらかには野球の練習がある。
時間は限られているというのに、樹はちっとも集中しない。
いつも最初は「いっくーん、早くやっちゃおうよー」と声をかけていたが、そのうち……。
「なくも……ないかも?」
余り認めたくはないけど、小声で訂正。
「だろ?」
にっと樹が笑った。
どきん。
間近の笑顔に胸が波うった。
「ふーん。そうなんだー」
手を掴まれたまま、ふと明を見るとにやにや笑っていた。
「なんかさー、二人最近いい感じじゃない?」
「ふん」
大地のほうは口をへの字に曲げて不服そう。
「そんなことねー」
樹にも否定されたけど。
(いい感じ……そうかなぁ)
自分でも少しだけそう感じた。
少しずつ少しずつ自然に接することが出来てる、そんな気がした。
「んん?」
明と大地が顔を見合わせる。
「今、先生って聞こえたけど──ボクの聞き間違いかなー」
笑いを我慢しているような顔をしている。
「間違いじゃねー。先生! 教師! 中学の!」
やや自棄糞気味な樹。
「いっがーい」
大地は完全に笑っている。
(酷いよ。大くん。
でも、意外。
ううん。そうでもないかも。
あの頃の樹だったら)
あの頃の樹の夢はプロ野球選手だったけど。
もし『先生になりたい』と言っていたら。
『それもいいよね! 体育の先生かな?』
そう言ってあげられてたかも知れない。
「あはは。そうでもないかもよー。で、教科は?」
そうでもないかも。
明も同意見らしい。明はけっこう本質を見抜く力を持っていると思う。
「……体育」
ちょっと間を置いて嫌そうに言う。
(あ。やっぱり)
「まー、それなら、納得かな」
「だねー。それしかないと思った!」
「は?」
どういう意味だ? という顔をしている。
体育の先生が合っているのはわかるけど、それしかないというのはとちょっと失礼な感じだ。
それに追い打ちをかけて。
「中学の体育のセンセーっておっかないイメージしかないな~」
意味ありげに樹を見る。
「どういう意味だ、それ」
「さぁ~どういう意味でしょー」
「このっ」
ふふふと楽しそうに笑う明のネクタイをぎゅっと引っ張る。
「やめてやめて、暴力はんたーい」
「ふんっ」
樹がぱっと手を離した。
明は曲がったネクタイを直しつつ、
「いつきー、大学行くならべんきょーがんばんないとね」
やや真顔になる。
「わかってる」
「あ、そうだ! ななちゃんに教えて貰えばいいよ」
「えっ」
僕と樹同時に声をあげた。
「なんでナナに」
反論でもしようと思ったか、そう言いかけて明に畳みかけられる。
「一年の時はボクがわからないとこ教えてたでしょー。でももうクラス違うからさー」
それから僕のほうに顔を向ける。
「ななちゃん、樹のこと頼むよぅ。こいつ、勉強ダメダメだから──知ってると思うけどー」
あははとまた笑う。
「え、でも。いっくんもこの高校に入ったくらいだから……小学校の頃と違うんじゃ」
(それに、いっくん嫌がるんじゃ)
ちろっと樹の顔を見る。
彼は眉間に皺を寄せていた。
「こいつ……」
(やっぱやだよね)
あとの言葉を想像する。
「こう見えて、意外とスパルタなんだぜ」
「えっ」
出てきた言葉は思いがけない一言だった。
「そーなのー?」
興味津々な顔になっていた。
「めちゃめちゃこえー」
そう樹に言われて慌てて反論する。
「ひどい、いっくん。そんなことないよぉ」
ぽすぽすっと樹の胸を叩く。
樹が僕のその手を受け止め、顔を覗き込んできた。
「そんなことない?」
念を押され、昔のことを思い返す。
小学校の頃の夏休み冬休み。
僕の家や樹の家で宿題をやっていた。午前か午後のどちらかには野球の練習がある。
時間は限られているというのに、樹はちっとも集中しない。
いつも最初は「いっくーん、早くやっちゃおうよー」と声をかけていたが、そのうち……。
「なくも……ないかも?」
余り認めたくはないけど、小声で訂正。
「だろ?」
にっと樹が笑った。
どきん。
間近の笑顔に胸が波うった。
「ふーん。そうなんだー」
手を掴まれたまま、ふと明を見るとにやにや笑っていた。
「なんかさー、二人最近いい感じじゃない?」
「ふん」
大地のほうは口をへの字に曲げて不服そう。
「そんなことねー」
樹にも否定されたけど。
(いい感じ……そうかなぁ)
自分でも少しだけそう感じた。
少しずつ少しずつ自然に接することが出来てる、そんな気がした。
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