はじまりの朝

さくら乃

文字の大きさ
上 下
61 / 167
第十二章 

 5

しおりを挟む

「ほんとは、スタッフは裏から入るんだ」

 そう言いながら、表の扉を開ける。
 一緒に表から入ってくれたのは、僕一人だとずっと扉の前でうろうろしているに違いないと思ったからだろう。
 樹にはそれがわかっているんだ。


「ただいま帰りました」
 中に入ると店内に声をかける。 
 客はまばらで、男性スタッフが空いたテーブルのセッティングをしていた。
「お帰り。けっこうゆっくりだったな」
 その言葉に僕ははっとした。
 遅くなったのは僕と会ったせいに違いなかった。樹に迷惑をかけてしまった。
「あの……僕が」
 急いで謝ろうとしたけれど。
「すみません」
 先に樹が謝ってしまった。
「お客様連れてきたから、それで許して貰えませんか」
「お客様? 何? 同伴か」
「どうは……?」
 意味がわからない。
 その男性スタッフは僕の顔を見てにやにや笑っている。
 三十代後半か四十代くらいだろうか。
 

(あれ? 誰かに似ている?)


「高校生に言う言葉か」
 丁寧な言葉を使っていたかと思うと、急に吐き捨てるような口調になる。それでもその男性は気を悪くする様子もない。
 そんなことを気軽に言える間柄なのかも知れない。
「ナナ気にするな」
「う、うん」
 スタッフが言った言葉も『気にするな』の意味もわからず、とりあえず頷く。
「ここ座って」
 カウンター席の両隣に誰もいない場所を指し示した。
「ナナ──店長には気をつけて。カナの叔父さんだから」
 小さな声でそう言うと、カウンターの奥の方に消えて行った。
「あ……店長さん? え、メイさんの」
 さっき誰かに似ていると思ったのは間違いじゃなかった。あのにやにや顔が明に似ているんだ。


(でも……気をつけてって? 何に?)


 また新たな疑問を抱えながらカウンター席に座った。


「ご注文は?」
 いつの間にか店長はカウンターの中に入っていて僕の目の前にいた。
 まだにやにや笑っている。
 いや、そう見えるだけで、もしかしたら『お客様』への笑顔かも知れない。
「えっと……」
 何を頼んだらいいんだろう。
 取り敢えずメニューをひらく。
 この間は大地と明がいた。個室でオーダーを取りに来たのは樹だったし、注文するのにもそんなに困ることはなかった。
 まだ樹は顔を出さない。
 ファーストフードにも一人で行ったこともない僕には、お洒落なカフェでの注文は難易度が高い。

 メニューの文字がぐるぐるするくらい緊張する。
『コーヒー』と言えれば格好よいけれど、コーヒーも紅茶も種類が多すぎる。
 樹はこれを全部覚えているのだろうか。
 いろいろ考えた挙げ句、
「オレンジジュースください」
 メニューに顔を隠したまま、消えそうな声で言った。

    
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

チョコは告白じゃありませんでした

佐倉真稀
BL
俺は片桐哲哉。大学生で20歳の恋人いない歴が年齢の男だ。寂しくバレンタインデ―にチョコの販売をしていた俺は売れ残りのチョコを買った。たまたま知り合ったイケメンにそのチョコをプレゼントして…。 残念美人と残念イケメンの恋の話。 他サイトにも掲載。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

平凡くんと【特別】だらけの王道学園

蜂蜜
BL
自分以外の家族全員が美形という家庭に生まれ育った平凡顔な主人公(ぼっち拗らせて表情筋死んでる)が【自分】を見てくれる人を求めて家族から逃げた先の男子校(全寮制)での話。 王道の転校生や生徒会、風紀委員、不良に振り回されながら愛されていきます。 ※今のところは主人公総受予定。

ボクに構わないで

睡蓮
BL
病み気味の美少年、水無月真白は伯父が運営している全寮制の男子校に転入した。 あまり目立ちたくないという気持ちとは裏腹に、どんどん問題に巻き込まれてしまう。 でも、楽しかった。今までにないほどに… あいつが来るまでは… -------------------------------------------------------------------------------------- 1個目と同じく非王道学園ものです。 初心者なので結構おかしくなってしまうと思いますが…暖かく見守ってくれると嬉しいです。

366日の奇跡

夏目とろ
BL
「ごめんな。お前は全校生徒からの投票で会計に決まったのにな」 「……っっ」 私立柴咲学園高等部の生徒会長は、前年度の会長の任命で決まる。その他の役員は総選挙で決まるのだが、他のメンバーはそれを快く思ってなくて……。 ※本編には出て来ませんが、主人公が会長に就任した年が閏年(365日より1日多い)と言う裏設定で、このタイトル(366日の奇跡)になりました。奇しくも今年度(2019年)がそうですよね。連載開始が4年前だから、開始時もそうだったかな。 閉鎖(施錠保存)した同名サイト『366日の奇跡』で2015年5月末に連載を開始した作品(全95頁)で、95ページまでは転載して96ページから改めて連載中(BLove、エブリスタ等でも) お問い合わせや更新状況はアトリエブログやツイッターにて (@ToroNatsume)

【BL】記憶のカケラ

樺純
BL
あらすじ とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。 そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。 キイチが忘れてしまった記憶とは? タカラの抱える過去の傷痕とは? 散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。 キイチ(男) 中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。 タカラ(男) 過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。 ノイル(男) キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。 ミズキ(男) 幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。 ユウリ(女) 幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。 ヒノハ(女) 幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。 リヒト(男) 幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。 謎の男性 街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。

処理中です...