はじまりの朝

さくら乃

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第十二章 

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 振り返る。
 思った通り樹──でも、ここで会ったのは予想外。
 ダークグリーンのダウンを羽織っているが、中は白いシャツに黒のスラックス、そして黒のソムリエエプロン。片手にエコバッグを持っている。
「いっくん」
 吃驚したのと同時に我ながらわかりやすく、顔が明るくなる。
 なのに、樹は眉間を寄せる。


(え……)


 しかし、それは錯覚かと思わせるくらいほんの一瞬で、すぐにいつもの無表情。


(なんだったんだろう、今の顔。僕に会うの嫌だった……?)


 しかし、その後もいつも通りの声音だった。
「何してるんだ、こんなとこで。今日は確か……カナたちとー」
「あ、うん。初詣行ってきた」
 そこで、はっと気づく。
 年が明けてから樹に会ったのは、初めてだった。
 ぴんと背筋を立てて、
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 堅苦しい挨拶をして深々頭を下げた。
 それが可笑しかったのか、頭の上からふっと息が零れた。
「あ、うん。よろしく」
 姿勢を直すと。
 たぶん他の人にはわかりづらいだろうけど。
 少し顔が緩んでいた。


(やった……っ。いっくんの笑顔頂きっ。
 クリスマスプレゼントに続き、お年玉か……っ)


 年始めから幸先いいなぁと、ぽ……っと心の中が温かくなる。
 こんなことで。 
 と自分でも思うけど。

「で、ナナは何してる? あの二人はどうした?」
「あ……うん。バイクで二人乗りして帰った」
「あー」
 樹は特に驚きもしない。何だか納得しているようだ。
「僕は……」
 本当のことを言おうか、誤魔化すか迷った。
 神社で祈ったこと。

『もっと話ができますように』『昔みたいに仲良くできますように』

 祈るばかりじゃ駄目なんだ。自分で実行しないと。
 少しずつでもいいから。
「今日、いっくんも来るかと思ってた。でもメイさんにバイトだって聞いて……それで……覗きに行ってみようかと思って……」


(──いっくんに会いたかったから)


 そこまで言ったら流石に気持ち悪がられるだろう。
 心の中で言うだけにとどめた。


「でも、迷子になっちゃって、ぐるぐる回ってた」
「お前……どうせ、店の名前も知らないんだろ」
 ちょっと呆れたような顔をしている。
「うん……」
 そんな樹の顔を見ていたら情けない気持ちが倍増して、自然に視線が下に下がってしまう。
「俺に会えてラッキーだったな。じゃなかったら一生辿り着かなかった。この辺似たような家ばっかだから」
 頭のてっぺん辺りの髪をくしゃとされる。


(えっ。何)


 どくんっと鼓動が跳ねあがった。
 すぐに離れて行ったけれど、その手の感触がずっと残っているような気がした。


「ナナ、着いて来ないとまた迷子だぞ」
 ふと気がつくと樹は前を歩いていた。置いてかれまいと急いで隣に並ぶ。
「いっくんは、どうして?」
 店に出ている筈の樹が外にいなければ、こうして見つけて貰うこともできなかった。
「正月で食材の配達来ないから駅まで買い出し」
 そう言って手に下げたエコバッグを軽く上げる。
「そうなんだ。忙しい?」
「ああ。モーニングからずっと忙しくて、今やっといて来たところ。でもまたこの後混む予感しかしない」
 はぁと大げさにため息をいた。
 僕はふっと小さく笑った。
「笑うな」
「ごめん」
 でも余計笑いが込み上げてくる。


(ねぇ、すごくない?
 なんか普通に話してるよ)


 話している間に目的地に着いた。
 今日は正月飾りをした扉の前に『BITTERビター SWEETスウィート』という看板を見つけた。

    
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