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第八章
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考えて来た言葉が全部飛んでしまい、僕は黙り込んだ。
樹が次第に苛ついてきているのがわかる。組んだ腕の片方を、反対の指先でトントンと叩く仕草。
「用事ねぇなら……」
背を向けようとしたところを、
「あのね!」
引き留めるように言葉を発したが、言うことを思い出した訳でもない。
「だから、なに──今、人来てるから、早くしろよ」
樹の言葉のすべてが冷たく突き刺さる。
項垂れてふと目に入ったのは、自分が持っている紙袋。
(そうだ。これを渡しに来たんだ)
「いっくん、昨日誕生日だったよね。これ、プレゼント。お誕生日おめでとう」
「…………」
すごく。
すごく、怪訝そうな顔をしている。
それはそうだろう。もう何年も渡していないのに、なんで今更。
「あのね、何年分もあるんだ。今まで渡せなかった分!」
涙出てきそうなのに、自分でも驚くくらい明るく言っている。
樹からは受けとる意志は全く感じられず、紙袋を持つ手はおかしいくらいに震える。
ぎゅうっと目の前の胸辺りに押しつける。
(あ、そうだ。大事なこと、忘れてた)
「いっくん! 僕、こんな傷全然気にしてないんだ! だから、いっくんも気にしないで!」
僕はそれだけを言うとぱっと手を離す。そのままでは落下するが、樹が反射的に紙袋を受け止めてくれた。それを見てから僕は、くるっと踵を返した。
唐突過ぎるし、本当は樹に聞きたいことや言いたいこともあるけれど、それだけを言うのが精一杯だった。
走りだそうとして、肩を掴まれた。
強い力で向きを変えられ、再び樹と顔を合わせる。
「嘘だろ。お前、本当は気にしてるだろ、その傷のこと」
声は押し殺しているのに、その目は怒りに満ちている。
「そんなこと……」
ぶんぶんと首を振る。
「じゃあ、なんで──」
樹の大きな手が額を覆い、ぐっと前髪を上げる。たぶん、彼の目にはその醜い傷跡が映っているんだろう。怒りだけでなく、僅かに辛そうな表情が浮かんだのは僕の気のせいだろうか。
「前髪こんなに長いんだ? 伸ばしたの、怪我の後だろ」
「違っ……」
(ううん。違くなんかない)
前髪を伸ばしたのは、この傷を隠す為。
この傷を見た時の他人の視線が気になるから。
でも、一番は。
この傷を見て、傷つく人がいるといけないから。
(いっくん……)
「──もう、俺にプレゼントなんか用意するな」
僕の前髪をさっと整え、それだけを言うとドアの向こうに消えて行った。
僕は何も答えられなかった。一番大事なことは言えなかった。
言えば──更に大切な人を傷つけるような気がしたから。
(玉砕──でも……プレゼントは、受け取ってくれた……んだよね……?)
樹が次第に苛ついてきているのがわかる。組んだ腕の片方を、反対の指先でトントンと叩く仕草。
「用事ねぇなら……」
背を向けようとしたところを、
「あのね!」
引き留めるように言葉を発したが、言うことを思い出した訳でもない。
「だから、なに──今、人来てるから、早くしろよ」
樹の言葉のすべてが冷たく突き刺さる。
項垂れてふと目に入ったのは、自分が持っている紙袋。
(そうだ。これを渡しに来たんだ)
「いっくん、昨日誕生日だったよね。これ、プレゼント。お誕生日おめでとう」
「…………」
すごく。
すごく、怪訝そうな顔をしている。
それはそうだろう。もう何年も渡していないのに、なんで今更。
「あのね、何年分もあるんだ。今まで渡せなかった分!」
涙出てきそうなのに、自分でも驚くくらい明るく言っている。
樹からは受けとる意志は全く感じられず、紙袋を持つ手はおかしいくらいに震える。
ぎゅうっと目の前の胸辺りに押しつける。
(あ、そうだ。大事なこと、忘れてた)
「いっくん! 僕、こんな傷全然気にしてないんだ! だから、いっくんも気にしないで!」
僕はそれだけを言うとぱっと手を離す。そのままでは落下するが、樹が反射的に紙袋を受け止めてくれた。それを見てから僕は、くるっと踵を返した。
唐突過ぎるし、本当は樹に聞きたいことや言いたいこともあるけれど、それだけを言うのが精一杯だった。
走りだそうとして、肩を掴まれた。
強い力で向きを変えられ、再び樹と顔を合わせる。
「嘘だろ。お前、本当は気にしてるだろ、その傷のこと」
声は押し殺しているのに、その目は怒りに満ちている。
「そんなこと……」
ぶんぶんと首を振る。
「じゃあ、なんで──」
樹の大きな手が額を覆い、ぐっと前髪を上げる。たぶん、彼の目にはその醜い傷跡が映っているんだろう。怒りだけでなく、僅かに辛そうな表情が浮かんだのは僕の気のせいだろうか。
「前髪こんなに長いんだ? 伸ばしたの、怪我の後だろ」
「違っ……」
(ううん。違くなんかない)
前髪を伸ばしたのは、この傷を隠す為。
この傷を見た時の他人の視線が気になるから。
でも、一番は。
この傷を見て、傷つく人がいるといけないから。
(いっくん……)
「──もう、俺にプレゼントなんか用意するな」
僕の前髪をさっと整え、それだけを言うとドアの向こうに消えて行った。
僕は何も答えられなかった。一番大事なことは言えなかった。
言えば──更に大切な人を傷つけるような気がしたから。
(玉砕──でも……プレゼントは、受け取ってくれた……んだよね……?)
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