はじまりの朝

さくら乃

文字の大きさ
上 下
41 / 163
第八章

 5

しおりを挟む
 考えて来た言葉が全部飛んでしまい、僕は黙り込んだ。
 樹が次第に苛ついてきているのがわかる。組んだ腕の片方を、反対の指先でトントンと叩く仕草。
「用事ねぇなら……」
 背を向けようとしたところを、
「あのね!」
 引き留めるように言葉を発したが、言うことを思い出した訳でもない。
「だから、なに──今、人来てるから、早くしろよ」
 樹の言葉のすべてが冷たく突き刺さる。
 項垂れてふと目に入ったのは、自分が持っている紙袋。


(そうだ。これを渡しに来たんだ)


「いっくん、昨日誕生日だったよね。これ、プレゼント。お誕生日おめでとう」
「…………」

 すごく。
 すごく、怪訝そうな顔をしている。
 それはそうだろう。もう何年も渡していないのに、なんで今更。

「あのね、何年分もあるんだ。今まで渡せなかった分!」

 涙出てきそうなのに、自分でも驚くくらい明るく言っている。
 樹からは受けとる意志は全く感じられず、紙袋を持つ手はおかしいくらいに震える。
 ぎゅうっと目の前の胸辺りに押しつける。


(あ、そうだ。大事なこと、忘れてた)


「いっくん! 僕、こんな傷全然気にしてないんだ! だから、いっくんも気にしないで!」

 僕はそれだけを言うとぱっと手を離す。そのままでは落下するが、樹が反射的に紙袋を受け止めてくれた。それを見てから僕は、くるっと踵を返した。
 唐突過ぎるし、本当は樹に聞きたいことや言いたいこともあるけれど、それだけを言うのが精一杯だった。
 走りだそうとして、肩を掴まれた。
 強い力で向きを変えられ、再び樹と顔を合わせる。
「嘘だろ。お前、本当は気にしてるだろ、その傷のこと」 
 声は押し殺しているのに、その目は怒りに満ちている。
「そんなこと……」
 ぶんぶんと首を振る。
「じゃあ、なんで──」
 樹の大きな手が額を覆い、ぐっと前髪を上げる。たぶん、彼の目にはその醜い傷跡が映っているんだろう。怒りだけでなく、僅かに辛そうな表情が浮かんだのは僕の気のせいだろうか。
「前髪こんなに長いんだ? 伸ばしたの、怪我の後だろ」
「違っ……」


(ううん。違くなんかない)
 

 前髪を伸ばしたのは、この傷を隠す為。
 この傷を見た時の他人の視線が気になるから。
 でも、一番は。
 この傷を見て、傷つく人がいるといけないから。


(いっくん……)


「──もう、俺にプレゼントなんか用意するな」
 僕の前髪をさっと整え、それだけを言うとドアの向こうに消えて行った。

 僕は何も答えられなかった。一番大事なことは言えなかった。
 言えば──更に大切な人を傷つけるような気がしたから。

 
(玉砕──でも……プレゼントは、受け取ってくれた……んだよね……?)
 
 
 
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...