はじまりの朝

さくら乃

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第七章

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 煩いくらいに聞こえる蝉の声。
 夏の風で揺れるレエスのカーテン。
 二つある窓は両方とも開け放してある。
 そこを通り抜けていく風で、暑さを凌ぐ。
 そんな、夏の昼下がり。
 

 夏休みに入って一週間が過ぎた。
 部活にも入らず、バイトもせず、塾にも行っていない僕は、家からほぼ出ていなかった。


「バカだな。渡せる筈ないのに」
 自室の机に臥せて顔だけを上げる。
 すぐ目の前には、リボンのかかった長方形の箱。
 僕はそれを指先で弾いた。


 ──明日は樹の誕生日だ。


 そして、今日、七月三十一日は僕の誕生日。
 樹と一日違い。
 出会った年はもう、誕生日が過ぎた後だった。一日違いだと知ってから、翌年の誕生日が来るのを二人とも楽しみしていた。
 一緒に祝おうと。
 それから十二歳の誕生日まで、ずっと一緒にお祝いしていた。お互いささやかななプレゼントを用意して。
 僕が樹にあげたもの。
 樹の好きなヒーローもののパッケージのお菓子。ガチャ。消しゴム。カップ……。

 樹が僕にくれたもの。
 蝉の脱け殻。生きているバッタ。庭に咲いた花。海で拾った……。引いてしまうものもあった。
 くすっと笑みが浮かぶ。
 でも蝉の脱け殻は箱の中に、花は押し花にして取ってある。
 それから、シャープペンシル。何故か樹自身が好きなキャラクターのもの。今はもう使えない歳になって、でも、大事にしまってある。

 中学の三年間。そして、今。
 渡せないとわかっていながら、用意しては、机の引出しにしまってある。
 何をあげていいのか、もう、わからなくなっていた……。
 樹の好きなもの。欲しいもの。
 何もわからない切なさ。 
 貰ったものも、上げられなかったものも、みんなみんな一緒に、机の引出しの中。

 組んだ両手の上に顔を伏せた。


★ ★



「──あ、ここかなー」
「え~~ここが、ななちゃんちなの?」

 にわかに外が騒がしくなった。


(あ……大くんかな?)
 

 スマホを見ると、今日誕生日を祝うと言ってくれた大地との約束の時間だった。
 事前に住所と軽く場所の説明をしてあった。


(あれ? でも。
 誰かと喋ってる?
 あの声って)


「たぶん。『天野』って書いてあるし──って、なんか驚いてます?」
「え、だって。あそこ、樹の家」
「えっ。城河のっ?!」

 という会話聞きながら、南側の網戸を開ける。ここからは、玄関先が見える。
 もう一つの声の主のオレンジ色の頭が見える。


(やっぱり、メイさん! え、なんで)


 網戸を閉め、慌てて部屋を出る。
 階段を下りてる途中でピンポーンとチャイムが鳴った。
 
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