はじまりの朝

さくら乃

文字の大きさ
上 下
30 / 163
第六章

 5

しおりを挟む
「ただのオシャレさんかと思ってた」
 さっきまでのテンションをぐっと下げて、囁くように言う。
 意味が良くわからない。
「いつも前髪気にしてたから」 
 その言葉ではっとした。
 ──時には、もう遅かった。その手で前髪を撫で上げられ、額が全開になった。

 そうだ、と思った。
 あの時、大地と一緒に倒れ込んで、前髪が乱れた。
 見られたのは、大地にだけじゃなく、上から覗いていた明にも見られたんだ。
 楽しげな顔のその瞳が、一瞬だけ大きく見開かれたのを、僕は見逃さなかった。でも、その後の騒ぎで忘れてしまっていた。
 

(あの瞳の動きの意味は?
 嫌悪?
 それとも、同情?)


「…………」
 目を細めてそれを見ている。
 何事かを考えているかのように。

「おいっ」
 大地が怒声を上げて、明の手を掴もうとした瞬間。

「気にすることないよ」
 
 今まで聞いたことのないような、酷く温かみのある優しい声がして。
 ふわっと何かが額に触れた。
 柔らかくて、温かい何か。

「ぅ……わーっっ!」

 叫んだのは僕ではなく、大地。
 それからどんっと明を突き飛ばした。

「ったたたっっ」
 バランスを崩して思い切り尻餅をつく。
「俺の七星に変なことすんなーっっ」
 ぎゅうっと大地が僕に抱きついてくる。
 

(え? 俺のって?
 変なことって?
 あ……今のって……キス……?)

 
 ちょっとどきっとしたけど。
 でも、今のは母親が子どもにするような感じに思えた。

 僕より大地のほうが明の行動が気に入らないようだ。
「はい? 俺のってどゆこと?」 
 明の言葉に答えず睨みつけている。
 今の騒ぎで、テラスで同じように昼休みを過ごしている生徒たちがこっちを見ている。
 明はぱっと立ち上がると、軽くスラックスをはたいて、
「もう、行くわ。じゃあね~~」
 と軽いいつもの調子で去っていく。
 それを見送ると
「あ、ごめんっ」
 我に返ったのか飛び退くように離れた。
 それから、また二人並んで壁に寄りかかって座った。
 なんとなく気不味い沈黙が訪れ、お互いの顔は見ず、同じように前方を向いていた。

「もう戻ろうか」
 先に言い出したのは大地。
 そろそろ昼休みが終わる時間。
「うん、そうだね」
 立ち上がりながら、やっと大地がこっちを向いた。
「傷は男の勲章だぜ」
 親指を立てて、にかっと笑う。


 え……。


 先を歩く彼の背中を見ながら、ぷっと笑ってしまった。

 ちょっと古くさい。
 でも、の樹が言いそうで。
 そして、言って欲しかった言葉かも知れない。

 そう思った。



★ ★



 そして、放課後。

「じゃあ、練習頑張って」
「おー」

 部室棟の前で大地と別れ、一人校門へと向かう。校門を右に曲がったところで、誰かにぶつかった。

「わ、すみません」
 ぺこぺこと頭を下げてから顔を上げる。
「ななちゃん」
 相手は明だった。
「あ、メイさん」
 明は痛そうに腹を押さえていた。
「痛かったですか、そんなに強く……」


(なんか位置違くない?)


 という素朴な疑問が浮かんだ。
 案の定。

「あ、違うよ。これは。今のはそんなに痛くない」
 そう言いながらめちゃくちゃ苦しそうな顔をしている。
「ななちゃん、ほんとに樹とただのご近所さん?」
「え?」

 突然樹の名前を出され、どきんと心臓が跳ねる。

「樹にグーでやられた」
「グーで?」

 腹を拳で殴られたということだろうか。

「ななちゃんの傷見たとか、キスしたとか言ったらアイツ、無言でやりやがった」

 視線が移動した。
 追うと、ずっと先のほうにT高校の生徒らしい人影がある。


(いっくん?)


「くそっ。なんなんだ。気分わりー。じゃあ、オレ行くから」


(ん? オレ?
 そういえば、さっきから口調が)


「あ、はい、さよなら」
 そう答えた時にはもう樹とは違う方向に歩いていた。
 家は同じ方向にある筈なのに。
 
 
(どういうことなんだろ)


 明の余裕ない感じも気にかかったが、彼の言葉はそれ以上に気になった。


(いっくんが?──まさかね)


 きっと何か別の理由だろう。
 そうとしか思えなかった。

しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...