21 / 163
第五章
1
しおりを挟む『ナナ』
声は聞こえなかった。
でもあの時、確かに樹はそう唇を動かした。
最後に僕の名を呼んだ時、彼は何を思っていたのだろうか。
僕とは一緒にいない。
そう決めた理由がなんなのか、僕はずっと知りたいと思っていた。
でも。
それは、すごく勇気がいることだと気づいた。
あの日、あの冷たい目を向けられた時に。
樹と再会して一週間。
それまでに一度も会わなかったのが嘘のように、見かけるようになった。
そう。見かける。
見かけるだけで話はしない。
近づかない。
感動の再会にならなかったあの時の、彼の態度と冷たい瞳が頭にこびりついていた。
目に入れば立ち止まったり、物陰に隠れたりして、自分が彼の視界に入らないようにする。
話しかけるのなんて到底無理だし、傍に立っただけできっと心臓が止まってしまいそうになる。
一瞬でも、同じ高校になったことを喜んだことが間違いだったかのように。
★ ★
ほんと、心臓止まりそう……。
もう手足どころか身体中が重い。
それでも僕は走り続けなればならない。
体育の始まりは、いつもグランド五周のランニングから始まる。だいたい一キロ。
この高校は文武両道の掲げており、運動部は特に盛んだ。この授業の教師も運動部の顧問であり、自然体育授業も厳しくなる。
運動神経と体力に難のある僕にはかなりきつい。この点だけはこの学校を受験して失敗だったと思う。
残りあと一周。
終わった生徒から授業内容に入る。
今日は……。
陸上競技。短距離とハードルで、この後も走らされるなんて、やる前からげんなりだ。
僕と残った数人は邪魔なのでコースを外れて走っている。
コースの中ではとっくの昔に走り終えた大地が、美しいフォームでハードルを飛び越えている。ゴールまで行くと、僕に向かって手を振り、ガッツポーズをする。
頑張れ、ということだろうか。
大地は陸上部だ。
中学では野球部だったが、K中学の野球部は中学の部活にしてはかなり厳しいところで、揉まれ過ぎて嫌になったらしい。足だけは自分でも自慢できる程早く、合格発表の時にはもう陸上部の入部を決めていたという。
残った数人も次々と走り終え、残りは僕一人。
五周目を走り終えると、その場でへたりこんだ。ハードルの指導をしていた教師が苦い顔をしていた。リタイアしなかっただけでも誉めて欲しい。
彼は顎をしゃくってグランド脇の木陰を指し示す。最初の授業で倒れた僕への対応はもう心得ているという感じだ。
僕はゆっくりと立ち上がり、走っている時以上に重い足をのろのろ動かす。
乱れた前髪を押さえながら。
28
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
地味で冴えない俺の最高なポディション。
どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。
オマケに丸い伊達メガネ。
高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。
そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。
あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。
俺のポディションは片隅に限るな。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる