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第四章
4
しおりを挟む樹の後ろ姿に声をかける。
そんなに大きな声ではなかったが、すぐ後ろから声をかけたので、聞こえないことはないだろう。
樹が振り返った。
「ナナ……」
朝見た笑顔はなく、何処か固い表情をしている。
僕はそれに気がつかなかったことにして、
「いっくん、今日一緒に帰ろ?」
と早口で言った。
「…………」
何か考えているのか一瞬間があった。
「ごめん、今日、野球の練習あるから」
「じゃあ、僕、見て待ってる」
「…………」
また間。
「ナナはまだ怪我、治り切ってないだろ。しばらくはすぐ帰ったほうがいいよ」
少し表情を和らげ、それでいて何処か苦しいような複雑な表情をしている。
「じゃあ」
僕が何も言う間もなく背を向けて行ってしまった。
(きっと)
(きっと、僕のことを思って……)
深く考えては駄目な気がした。
少し間を空ければ違うかも知れない。
期待するという希望あるものではなく、それはもう祈りに近かった。
その週の最後にもう一度チャレンジをし、また同じような対応をされる。
それを何度か繰り返す。
休みの日には、樹の家にも行ってみた。
呼び鈴を鳴らしてもいつも出て来ない。
いつもいないなんてことは考えづらい。だから、いたとしてもインターフォンのカメラ越しに僕を見て、出て来ないのだろうと思う。
そして、不思議なことに、樹の母親も出て来ないのだ。
今まで訪ねて行って、樹の母親がいないことはそれ程多くはなかった。
一度など、家に遊びに行っても滅多に顔を見ない、樹の父親がドアを開けた。母親がいれば、父親が出て来ることは、まずない家庭だった。
(具合でも悪いんだろうか。それとも、本当にずっといない?)
あの樹の母がいない状況になる理由が想像できなかった。
ふた月が経とうとした頃、漸く避けられているんだということを、僕は認めた。
もうだいぶ前から、ひょっとしたら最初から心の底ではそう思っていたのかも知れない。
わかっていたんだ。
でも、認めたくなかった。
僕らが一緒にいられなくなってしまったことを。
喧嘩をしたとか、決定的な何かがあったわけでもない。
だから僕には理由がわからないままだ。
でも。
たぶん。
僕の包帯を巻いてくれた日。
あの日に、樹の心の中で何かが起きたんだろう。
★ ★
クリスマスが来て、年が明け、寒さも緩み、そして……。
卒業の日がやってきた。
濃い紺色のブレザーにグレイのズボン。
着慣れない服を着て、外に出た。
「桜、咲いてたら良かったのにね」
僕の隣で母が言う。
三月も半ば過ぎ。
駐車場横の狭い花壇に植わっている河津桜が、花を咲かせている筈もなかった。
若い緑の葉をつけた枝は、車の屋根に届きそうなくらいに伸びている。
黒のフォーマルスーツを着た母とその木の下に並ぶ。
姉がカメラを構えていた。
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