はじまりの朝

さくら乃

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第四章

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「ちょっと待ってて」
 という窓越しの声が聞こえたかどうかはわからない。
 玄関に回り、ドアを開けた。
 少し顔を出すとリビングの窓に向かって立っている樹が見える。

「いっくん、ちょっと」
「え? なに?」

 玄関側から声が聞こえたせいか少し驚いたような顔をしている。

「中入って来て欲しいんだ。あのね、ちょっと、手伝って欲しいことが」
「うん」

 彼は頷きながら大股で近寄ってくる。

「なに? 手伝って欲しいことって」

 靴を履いていなかった僕は慌てて床に上がった。
 代わりに樹がドアを押さえて中に入って来る。彼の後ろでガチャッとドアの閉まった音がした。
 三和土に立った樹と一段上に上がっている僕とは、調度顔の位置が一緒になる。
 久しぶりに同じ高さで目線を合わせ、何故だか妙に照れくさい。
「あのね、包帯が」
 ゆるゆるでほどけかけた包帯を額で押さえながら。
「寝っ転がってたら、ティラが爪引っ掻けて」

「にゃあ」

 いつの間にか足許にやってきたティラミスが、「そうだよ!」と自慢気に鳴く。

「こんにちは、ティラ」

「にゃー!」

 目の前からいなくなった樹は、屈んでティラの喉を撫でていた。ティラも、ごろごろごろ……と気持ち良さそうに喉を鳴らす。
 猫好きだけど家では飼えない樹はティラがお気に入りだ。

 二人の空間を壊されたような感じがして、なんとなくもやっとしてしまう。
「上手く巻けなくて。……やってくれる?」
「いいよ」
 ティラを抱き上げると、スニーカーを脱いで家に上がった。
 

 樹に促されるまま、食卓の椅子に座った。
 樹がティラを床の上に下ろして僕の前に立つ。自分とは違う広さを持つ胸が目の前にあり、どきどきしてきてしまう。


(なんか、おかしいよね……? なんでこんなにどきどきしちゃうんだろう)


 押さえていた手からそっと包帯を奪い、ゆっくりとほどいてゆく。
 

(…………)

(…………?)


 巻き直してくれるのを待っていたが、なかなかその気配がない。
 視線を胸から頭上に移動させると、包帯を両手で持ったまま固まっている樹が見えた。
 なんだか険しい顔をしている。

「いっくん? どうしたの?」

 声をかけると、びくっと身体が震えた。

「やっぱり巻けない?」
「……ん、や、大丈夫」
 掠れた声で言い、彼は僕の後ろに回った。
 丁寧に包帯を巻き直してくれる。
「できたよ」
「ありがとう」
 僕が立ち上がろうとすると肩を押さえられた。

「今日はもう帰るよ」

 ぼそっと頭の上から声がしたかと思うと、もう背を向けて玄関の方に行ってしまう。

「え? いっくん、待っ……」


 樹の姿はドアの向こうに消えた。

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