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第一章
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しおりを挟むバシャバシャッと、涙の跡を流すように顔を洗う。
鏡に映すと普段隠れている額が見え、慌てて手櫛で前髪を下ろした。濡れたままだと目が半分隠れそうなくらいに長い。
「ナナちゃんおはよー。今日はゆっくりだねー」
鏡のなかに姉の乙女の顔がちらっと見えた。
すぐに「行ってきまーす」「行ってらっしゃーい」の声と共に玄関が開閉する音がした。
これが僕の家族。
母と姉。
それから、猫のティラミス。
父親は僕が小五の時に交通事故で亡くなった。ここに家を建て、越してきてから五年後のことだ。
母はそれまでもずっとパートで働いていたが、父が亡くなった後正社員として転職した。そうしながらも学校の行事にも参加し、役員なんかもこなしてしまう、とにかくパワフルな母親だ。
専門学校を卒業して社会人二年目の姉も、母親の血を濃く受け継いでいるのか、なかなかパワフルな女性だ。
そして、そのパワフルな女性二人に囲まれた男の僕は、この家の中で一番弱々しいかも知れない。
人見知り。消極的。ネガティブ思考。
二人に申し訳なく、勝手に肩身の狭い思いをしている。
二人に愛されいる自覚はあるのに。
僕は額を隠した顔を見ながら、ふっと小さく溜息をついた。
「七星~のんびりしてていいの。ご飯食べなくても間に合わなくなるよ~」
「あ、うん」
今日も朝からネガティブ思考全開。
もう一度バシャッと水を引っ掛けてから、傍に掛かっているタオルで顔を拭いた。
★ ★
「お弁当忘れるなよー」
「んーっ!」
忘れそうになり、慌ててリュックにお弁当を入れる。
忙しい時間を割いてお弁当を作る母に感謝しつつ、家を飛び出して行く。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい!」
ぎりぎりいつものバスに乗る。
駅迄は三十分。バスの本数も少ないルートだが、朝は必ず座れるというのが利点。
駅から学校まではまた十分程歩く。
このバス通りに面した高校がある。今の高校よりも少し近く、この辺りの高校では一番偏差値が高い学校だ。
僕は元々はこの高校を志望していたし、担任も塾長も暗に押していた。
しかし実際に受けたのは、一つ下のランクの高校だった。ランクを下げて優位に立とうとか、そういうわけではない。
本気で欲しいものを前にすると、緊張で本来の力も出せないからだ。合格確実と言われても、恐らくあの高校には合格出来なかっただろうと、今でも思っている。
入学して二週間経った昨日。
妙に派手で騒がしい集団が一年の教室の前を通っていた。髪は金色だったりオレンジだったり。紺のブレザーの下が派手なTシャツだったり、ワイシャツが白以外だったり。
そんな生徒が五、六人。
この学校もけして偏差値の低いほうではない。こんな感じの生徒がいることに、僕は驚いていた。他の生徒も同じように思っているのか、彼らを遠巻きに見てはひそひそと話をしていた。
その集団の中に──“彼”を見た。
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