はじまりの朝

さくら乃

文字の大きさ
上 下
3 / 163
第一章

 2

しおりを挟む

 バシャバシャッと、涙の跡を流すように顔を洗う。
 鏡に映すと普段隠れている額が見え、慌てて手櫛で前髪を下ろした。濡れたままだと目が半分隠れそうなくらいに長い。
「ナナちゃんおはよー。今日はゆっくりだねー」
 鏡のなかに姉の乙女おとめの顔がちらっと見えた。
 すぐに「行ってきまーす」「行ってらっしゃーい」の声と共に玄関が開閉する音がした。


 これが僕の家族。

 母と姉。
 それから、猫のティラミス。

 父親は僕が小五の時に交通事故で亡くなった。ここに家を建て、越してきてから五年後のことだ。

 母はそれまでもずっとパートで働いていたが、父が亡くなった後正社員として転職した。そうしながらも学校の行事にも参加し、役員なんかもこなしてしまう、とにかくパワフルな母親だ。
 専門学校を卒業して社会人二年目の姉も、母親の血を濃く受け継いでいるのか、なかなかパワフルな女性ひとだ。
 
 そして、そのパワフルな女性二人に囲まれた男の僕は、この家の中で一番弱々しいかも知れない。
 人見知り。消極的。ネガティブ思考。
 二人に申し訳なく、勝手に肩身の狭い思いをしている。
 二人に愛されいる自覚はあるのに。
 僕は額を隠した顔を見ながら、ふっと小さく溜息をついた。

「七星~のんびりしてていいの。ご飯食べなくても間に合わなくなるよ~」
「あ、うん」
 今日も朝からネガティブ思考全開。
 もう一度バシャッと水を引っ掛けてから、傍に掛かっているタオルで顔を拭いた。
 



★ ★




「お弁当忘れるなよー」
「んーっ!」
 忘れそうになり、慌ててリュックにお弁当を入れる。
 忙しい時間を割いてお弁当を作る母に感謝しつつ、家を飛び出して行く。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい!」


 ぎりぎりいつものバスに乗る。
 駅迄は三十分。バスの本数も少ないルートだが、朝は必ず座れるというのが利点。
 駅から学校まではまた十分程歩く。

 このバス通りに面した高校がある。今の高校よりも少し近く、この辺りの高校では一番偏差値が高い学校だ。
 僕は元々はこの高校を志望していたし、担任も塾長も暗に押していた。
 しかし実際に受けたのは、一つ下のランクの高校だった。ランクを下げて優位に立とうとか、そういうわけではない。
 本気で欲しいものを前にすると、緊張で本来の力も出せないからだ。合格確実と言われても、恐らくあの高校には合格出来なかっただろうと、今でも思っている。


 入学して二週間経った昨日。

 妙に派手で騒がしい集団が一年の教室の前を通っていた。髪は金色だったりオレンジだったり。紺のブレザーの下が派手なTシャツだったり、ワイシャツが白以外だったり。
 そんな生徒が五、六人。
 この学校もけして偏差値の低いほうではない。こんな感じの生徒がいることに、僕は驚いていた。他の生徒も同じように思っているのか、彼らを遠巻きに見てはひそひそと話をしていた。

 その集団の中に──“彼”を見た。
 
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...