春まだ遠く

璃々丸

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雪解け前の雨

五.

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 翌日、ましろは普通に起き上がれてホッ、とした。


 良かった・・・・・・今日は気分が良いや。


 そっ、とベッドから抜け出して何時もそうしているように学校に行く準備を始めた。
 着替えてから顔を洗い、階下に向かう。ダイニングでは春人がボリューミーな朝食を食べている所であった。
 昨日の今日では仕方が無いのかもしれないが、夏樹は相変わらず起き上がれないようでその姿が無かった。


「おはよう、春兄」


 そう言って静かに席に着いた。


「うん、おはよう。ましろ」


 イチゴのジャムをたっぷり乗せたパンを手に持つ春人が、ほんわかとした笑顔で挨拶を返した。
 今日はゆっくりなんだな、と思いつつしかし自分はゆっくりしている暇は無いのでさっさと食べ始める。


 頑張って食べ終わると、今日は忘れないようにちゃんと薬を二種類呑んでから立ち上がった。


「じゃあ、行ってきます!」


 そう言ってリュックを掴み、家を出た。
 今日も、いつも通りの退屈で平凡な日常がまた始まるのだ、と思う所なのだが今日だけは違う。
 本城颯人。彼と今日放課後に会う約束をしているからだ。


 一体どんな話をされるのか、怖いが興味が無いと言えば嘘になる。
 いったい過去にどんな事があったのか・・・・・・。もし、知る事が出来たら自分の周囲がどうしてこんなに冷たいのかも、分かるかもしれない。


 ましろはそう考えた。
 今日は何時も以上にうわの空で過ごしてしまったが、無事に放課後を迎えたましろは逸る気持ちを抑えつつ学校を出た。
 そうして電車に揺られて戻って来たましろの緊張感はMaxに迄高まっていた。


 うう・・・緊張する・・・・・・。


 今日この場所で、と言っていたから多分バスターミナル辺りで良いんだよね、と其方へ向かって足を向けた。


「あ・・・・・・」


 バスターミナルの木の植え込みがある場所に、人待ち顔で立つ本城颯人が其処に居た。
 ただ其処に立っているだけだと言うのに、何とも絵になる立ち姿だ。
 凛然と立つ姿は矢張り騎士のようで、守られたいと思う程格好いいとましろは思った。


 やっぱりカッコイイ、ってこう言う人のコトを言うんだな・・・・・・。


 どう声を掛けようか考えながらおずおずと近寄ると、颯人は此方に気付いて笑顔でましろに近づいて来た。


「来てくれてありがとう」


 颯人は本当に嬉しそうにそう言った。


「いいえ、その・・・それでお話って・・・・・・」


「ああ、そうだな。こんな場所では落ち着かないから・・・何処か場所を変えよう」


 そう言いながら颯人が歩き出すので、ましろが素直について行ったら連れて来られたのは、ましろもよく行くシアトル系のカフェだった。


「ここなら静かすぎないから良いんじゃないかな」


「そうですね」


 この店の、一番奥まった場所の座席を取ると、ふたりでコーヒーを買いにカウンターへと向かう。


「何にする?」


 と聞かれてましろはメニュー表を覗き込み、コレ、と指差した。
 それは今年の春限定メニューの、桜をモチーフにしたコーヒーだった。
 真っ白でふわふわのフォームミルクの上にピンク色の、桜の花びらを模したチップが乗っている。
 何とも可愛らしい、春めいたコーヒーだった。


「・・・他にはないのかい?」


 さらに聞かれてましろはこれ以上奢ってもらうのは流石に図々し過ぎる、と首をブンブンと左右に振った。


「い、いえ! 大丈夫ですっ」


 本当は限定のシフォンケーキだったりキャラメルのチーズケーキをお願いしたい所だが、もしこれらを食べてしまうと晩ご飯が入らなくなってしまうのでやっぱり諦めざる得ないのだった。


「ありがとうございます」


 こんな風に奢ってもらうのが初めてのましろは嬉しそうに颯人にそう言うと、颯人も照れたように微笑んだ。


「ふふ、どういたしまして」


 ささやかな会話を交わしながら、そうしてコーヒーを受け取ったふたりは座席に戻ると途端に思い出したように緊張からか無言になってしまった。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 間が持たないましろは無言でコーヒーを啜り、颯人が口を開いてくれるのを待った。


「・・・・・・長らくこうやって君と話す事を思い描いていたのに、実際にこうなると中々緊張するものだな」


 そう言って颯人もコーヒーを一口飲んだ。


「そうだな・・・君は、小さい頃の事はあまり、覚えていないのだったね」


「・・・・・・はい」


「俺達は、そう・・・俺が誕生日を迎えるまえだったから六歳くらいの夏頃だ」


 なら、自分は四歳くらいだろうかとましろは考えた。それならば、多少記憶にないのは仕方が無いかもしれない。
 そうして颯人が静かに話し出した内容は、中々にショッキングな出来事であった。  
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