春まだ遠く

璃々丸

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雪解け前の雨

四.

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 家に帰ると、夕飯はまだだったらしい事に少しだけホッ、としてリビングに居た春人に声を掛けた。


「ただいま、春兄。遅くなってごめんなさい」


「お帰り、今日も本屋に寄ってたのかい?」


「ううん、本屋さんにも寄ってたけど・・・その、友達と喋り込んじゃって・・・・・・」


 あながち間違いでもない事を言って誤魔化す。別にそこ迄罪悪感を持たなくても良い筈なのに、何故か誤魔化さなきゃと思ってしまったのだ。すると春人はそう、と言って微笑んだ。


「さ、もうすぐ晩ご飯だよ、早く着替えておいで」


「うん」


 ああ、良かった。誤魔化せた。


 ましろはそう思って安堵した。リビングを出て二階に上がり、自室へと向かう。
 手早く着替えて階下に降り、ダイニングに行くと晩ご飯は既に並んでいた。今日はぶりの照り焼きと茄子の煮びたし、そしてごぼうのきんぴらにお揚げと卵の味噌汁であった。
 春人の席には、味噌汁の代わりに餡掛けうどんが置かれている。


 夏樹の席は・・・・・・相変わらずまだ具合が悪いようだ。何も置かれていない。


「いただきます」


 ふたりきりの寂しい食卓。しかし例え此処に夏樹が居た所で、やはり大した会話は無いから今更だ。
 此処に父源三と、母緋紗英が同じ食卓に着いたらもっと殺伐となるだろうから、今は兄弟だけで良いや、とましろは思っていた。
 それでも、春人が話題を振ってくれるから今日あった出来事だったりをましろは喋った。


 食事を終え、ましろは春人に一言言って席を立つと二階に上がり、一旦自室へ戻ると着替えを持って部屋の隣にある風呂場へと向かった。一階にも勿論あるし、そちらの方がとても広いが、ヒートが始まると春人に迷惑をかけてしまう為ましろと夏樹はヒートの間は二階の風呂場を使っていた。


 一階と比べてやや手狭なだけで、こちらもそれなりの広さがある。しかし、どちらかと言えばましろはこぢんまりとした────と言ってもごく普通の一般家庭の風呂場くらいはある────二階の風呂場が好きだった。


 シャワーを浴びながら、ましろは先程あった事を思い返す。


 本城、颯人・・・・・・さん。


 詰襟の所にローマ数字の3の文字が見えた。年上の人だ。
 そしてましろが知る限り、この辺りで詰襟の制服を着ているのはアルファの男子校である白妙学園だ。


 確か、寮とかある、って春兄言ってたな。


 ましろが知っているのはそれくらいだった。
 明日になればまた彼と会って色々と話が聞けるだろうかと思いを馳せてみた。


 でも・・・僕に話したい事、ってなんだろう?


 もう、随分と長い間会っていない人だ。きっと何かが起こって会えなくなったのだろう。


 僕にとって酷な事、って何だろう・・・怖いな。


 颯人も話すのを若干躊躇っていたくらいだ。きっととても怖い事に違いないのだ。でも、知って欲しいからわざわざ会いに来たのは間違いない。
 酷な事、と言われてもいまいちピンと来ないましろは湯船に浸かりながらうーんと唸る。


 僕が覚えてないだけで、僕らが小さい頃にきっと何かあったんだろうけど・・・・・・。


 此処でうじうじ悩んでいても仕方の無い事だ、明日になれば全てわかる事だと言い聞かせてましろは湯舟を出た。
 全身をほんのり桜色に上気させて湯舟を出たましろは桜の精のように可憐で美しかった。


 しかし、そのような様を誰にも見せる事無く華奢な身体はタオルに包まれ、身体を滑る水滴はまるで水晶のアクセサリーのようであったが無情にも拭き取られて行った。


「・・・よっ、と」


 パジャマに袖を通し、着替えを完了させると今度は髪をドライヤーで乾かして身支度を完了させた。
 明日は出来るだけ万全の態勢で挑まなければいけないから、今日は早めに休もうと浴室を出る。
 忘れないうちに薬を呑もうとましろは一旦部屋を戻り、薬の入ったケースを片手に階下を下りた。


 降りると、一階はもう誰もおらず、暗くなっていた。足元で誘導灯が灯っているので、そこ迄暗いだとか怖いだとは思わないがしかし、雰囲気はある。


 早く飲んで上がろう・・・・・・。


 パタパタとスリッパを鳴らしながらキッチンへと向かった。


 白くてまあるい錠剤をふた粒。毎日朝晩の二回。ヒートの時期はこれともう少し大きな錠剤をひとつ、朝晩と呑む。


 正直、大きい錠剤を呑み下すのは大変だが、大事な事なので頑張って飲み込んだ。


「・・・・・・ッ、ふう」


 薬を呑み終え、ましろはコップを軽く水洗いをして水切り用のコップスタンドに置くとキッチンを離れた。


 今日はもう、動画を観たり携帯でSNSを覗くのは止めて寝るのだ、とましろは早々にベッドへと潜り込んだ。
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