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薄氷の上でワルツを
七十六.
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身に沁み込むような冷たさを感じて、アルバーノは目が覚めた。
「・・・・・・ッ、ブハッ!」
自身に降り積もっていた大量の雪を無意識に払い除け、がばりと身を起こして何処に居るのか分からず辺りを見渡すと、相当雪が降り積もってはいるが、如何やら自分は石造りの建造物の、屋外の回廊に居るのが分かった。
のこぎり型狭間がある所を見ると、何処かの城壁だろうか。
「・・・・・・ッ、う、うう・・・さささ・・・寒いっ!」
一体どれ程気絶していたのか、アルバーノは慌てて自分の肩や頭に残った雪を払いの除け、ぐっしょり濡れてあまり意味をなさなくなった上着の前を寄せ乍ら、辺りを改めて見渡す。
何処かの城塞の回廊部分だろうと事、降り積もった雪の具合からかなり雪深い場所に居るのは分かったが、肝心の地名が分からない。
「い、一体どこだっ、此処は!?」
と、叫ぶとすぐ側で若く、張りのある声が答えた。
「バルディーニ領のトリーノですよ、オネスティ大臣」
驚いて声のした方を見ると、グィードが立っていた。シャツブラウスとズボンと言ったラフな服装に、シルバーフォックスのファーコートを肩に掛けた出で立ちで、何時の間にかアルバーノの前にいた。
「な・・・貴様は・・・・・・ッ、ヒィッ!」
言い掛け、グィードのすぐ側に真っ黒な獣の姿を認めてアルバーノは竦み上がった。
グィードを守る様に側に立ち、アルバーノを睨み乍ら低く唸っていた。しかし、グィードが落ち着かせるように黒豹の頭に手を置き、撫でる。
「貴方とは俺の受勲式以来ですかね」
寒さと恐怖で立ち上がれないアルバーノを、侮蔑を込めた冷ややかな視線で見下ろす。
今いる場所はトリーノの城塞の、外側の城壁である。森林部に近い街外れである事や、使われなくなって久しいせいか一部建物が崩れかけている。
そんな最早半ば忘れかけられている場所に、グィード達は居た。
「トリーノだと?どうしていつの間にそんな場所に・・・・・・」
「貴方が欲しがった領地にわざわざ連れてきて差し上げたんですよ、もう少し喜んだらどうですか」
グィードの言葉にアルバーノはぎょっ、とした。どうして知っているのか、と言う顔で麗しい容貌の青年を見上げた。
「ふふっ、どうして知っているのか、って顔ですね。ええ、そうですね・・・貴方には俄かには信じ難い話をする事になりますけど・・・・・・」
そうしてアルバーノはまるで荒唐無稽な御伽噺のような、グィードの過去────否、アルバーノからすればこれから未来に起こる筈だった話を聞かされた。
そしてそれはアルバーノの計画が成功した時の話でもあると言っていい話だった。
グィードが過去に戻り、邪魔をしなければとんとん拍子で話が進んでいたのだと知って怒りが湧いてきた。
「・・・・・・と言う事は、貴様さえ邪魔をしなければ儂は・・・・・・」
などとグィードの話以上に馬鹿げた事を呟くアルバーノに、グィードはその美しく整った眉を歪めた。
「有り得ない話はやめてくれ、例え父が死んでも俺が居るし何なら叔父上も居る」
もしもラウラの咎を問うならば、父と本人が死んだ事でその罪は贖われたとしてこの件はそれで手打ちとなって終いである。
この男の中ではその息子と叔父達と戦争をして領地を取り上げる所までは想定しているようだが、現実はそう甘くない。伊達や酔狂でバルディーニ家が、百年近く辺境伯をやっている訳では無い。
ああ、こんなに浅はかな男の馬鹿みたいに浅い計画で俺の家族は殺されたのか、とグィードは腸が煮えくり返りそうであった。
そう、こんなにも短慮な計画がとんとんと上手くいったのも、魔女と言う存在が大きいだろう。そしてカルロ、ラウル、オルランドと言う扱いやすい駒のお陰である。
彼らがあんなに易々と操られたりしなければ、あんな悲劇は起こらなかったかもしれない。
「俺の復讐は貴様の死で終わる。さあ、その死で罪を贖え」
その紫眼に妖しい光を点してアルバーノを睨みつけた。すると今迄大人しくしていた黒豹が、グィードの足元をするりと離れると、その太く筋肉質な脚で一歩一歩雪を踏み締め乍ら近付いて来る。
「ヒ、ィ・・・く、来るなあ・・・・・・ッ」
のこぎり型狭間の、凸部分を背にしていた男は壁に凭れ乍らズルズルと移動した。黒豹は牙を剥き出し、殺気を隠そうともせず迫り来る。
Grurururu・・・・・・。
爛々と光る金色の瞳と白み始めた空の、朝焼けの光を浴びて黒い毛皮から浮かび上がる梅花状の斑紋が美しいが、アルバーノがそれに気付く心の余裕は無い。
「や、ややや止めろっ、来るな・・・うひゃアッ!」
黒豹に吠えられてアルバーノは、情けない悲鳴を上げて飛び上がった。ヒイヒイ言い乍ら壁伝いに逃げようとしている男は自身にとんでもない物が巻き付いている事に気付いていない。
太く、頑丈そうな麻縄が目覚める前よりずっと巻き付いていたのだが、アルバーノは其れ処では無い為気にも留めていない様に見えた。
「い、嫌だ・・・・・・」
弱々しくそう言って壁の凹みに手を掛けた時────ガッ、とアルバーノの手が掴まれた。
城壁の外側から伸びて此方を掴む白い手に、アルバーノは絶叫した。
「・・・・・・ッ、ブハッ!」
自身に降り積もっていた大量の雪を無意識に払い除け、がばりと身を起こして何処に居るのか分からず辺りを見渡すと、相当雪が降り積もってはいるが、如何やら自分は石造りの建造物の、屋外の回廊に居るのが分かった。
のこぎり型狭間がある所を見ると、何処かの城壁だろうか。
「・・・・・・ッ、う、うう・・・さささ・・・寒いっ!」
一体どれ程気絶していたのか、アルバーノは慌てて自分の肩や頭に残った雪を払いの除け、ぐっしょり濡れてあまり意味をなさなくなった上着の前を寄せ乍ら、辺りを改めて見渡す。
何処かの城塞の回廊部分だろうと事、降り積もった雪の具合からかなり雪深い場所に居るのは分かったが、肝心の地名が分からない。
「い、一体どこだっ、此処は!?」
と、叫ぶとすぐ側で若く、張りのある声が答えた。
「バルディーニ領のトリーノですよ、オネスティ大臣」
驚いて声のした方を見ると、グィードが立っていた。シャツブラウスとズボンと言ったラフな服装に、シルバーフォックスのファーコートを肩に掛けた出で立ちで、何時の間にかアルバーノの前にいた。
「な・・・貴様は・・・・・・ッ、ヒィッ!」
言い掛け、グィードのすぐ側に真っ黒な獣の姿を認めてアルバーノは竦み上がった。
グィードを守る様に側に立ち、アルバーノを睨み乍ら低く唸っていた。しかし、グィードが落ち着かせるように黒豹の頭に手を置き、撫でる。
「貴方とは俺の受勲式以来ですかね」
寒さと恐怖で立ち上がれないアルバーノを、侮蔑を込めた冷ややかな視線で見下ろす。
今いる場所はトリーノの城塞の、外側の城壁である。森林部に近い街外れである事や、使われなくなって久しいせいか一部建物が崩れかけている。
そんな最早半ば忘れかけられている場所に、グィード達は居た。
「トリーノだと?どうしていつの間にそんな場所に・・・・・・」
「貴方が欲しがった領地にわざわざ連れてきて差し上げたんですよ、もう少し喜んだらどうですか」
グィードの言葉にアルバーノはぎょっ、とした。どうして知っているのか、と言う顔で麗しい容貌の青年を見上げた。
「ふふっ、どうして知っているのか、って顔ですね。ええ、そうですね・・・貴方には俄かには信じ難い話をする事になりますけど・・・・・・」
そうしてアルバーノはまるで荒唐無稽な御伽噺のような、グィードの過去────否、アルバーノからすればこれから未来に起こる筈だった話を聞かされた。
そしてそれはアルバーノの計画が成功した時の話でもあると言っていい話だった。
グィードが過去に戻り、邪魔をしなければとんとん拍子で話が進んでいたのだと知って怒りが湧いてきた。
「・・・・・・と言う事は、貴様さえ邪魔をしなければ儂は・・・・・・」
などとグィードの話以上に馬鹿げた事を呟くアルバーノに、グィードはその美しく整った眉を歪めた。
「有り得ない話はやめてくれ、例え父が死んでも俺が居るし何なら叔父上も居る」
もしもラウラの咎を問うならば、父と本人が死んだ事でその罪は贖われたとしてこの件はそれで手打ちとなって終いである。
この男の中ではその息子と叔父達と戦争をして領地を取り上げる所までは想定しているようだが、現実はそう甘くない。伊達や酔狂でバルディーニ家が、百年近く辺境伯をやっている訳では無い。
ああ、こんなに浅はかな男の馬鹿みたいに浅い計画で俺の家族は殺されたのか、とグィードは腸が煮えくり返りそうであった。
そう、こんなにも短慮な計画がとんとんと上手くいったのも、魔女と言う存在が大きいだろう。そしてカルロ、ラウル、オルランドと言う扱いやすい駒のお陰である。
彼らがあんなに易々と操られたりしなければ、あんな悲劇は起こらなかったかもしれない。
「俺の復讐は貴様の死で終わる。さあ、その死で罪を贖え」
その紫眼に妖しい光を点してアルバーノを睨みつけた。すると今迄大人しくしていた黒豹が、グィードの足元をするりと離れると、その太く筋肉質な脚で一歩一歩雪を踏み締め乍ら近付いて来る。
「ヒ、ィ・・・く、来るなあ・・・・・・ッ」
のこぎり型狭間の、凸部分を背にしていた男は壁に凭れ乍らズルズルと移動した。黒豹は牙を剥き出し、殺気を隠そうともせず迫り来る。
Grurururu・・・・・・。
爛々と光る金色の瞳と白み始めた空の、朝焼けの光を浴びて黒い毛皮から浮かび上がる梅花状の斑紋が美しいが、アルバーノがそれに気付く心の余裕は無い。
「や、ややや止めろっ、来るな・・・うひゃアッ!」
黒豹に吠えられてアルバーノは、情けない悲鳴を上げて飛び上がった。ヒイヒイ言い乍ら壁伝いに逃げようとしている男は自身にとんでもない物が巻き付いている事に気付いていない。
太く、頑丈そうな麻縄が目覚める前よりずっと巻き付いていたのだが、アルバーノは其れ処では無い為気にも留めていない様に見えた。
「い、嫌だ・・・・・・」
弱々しくそう言って壁の凹みに手を掛けた時────ガッ、とアルバーノの手が掴まれた。
城壁の外側から伸びて此方を掴む白い手に、アルバーノは絶叫した。
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