復讐はショコラよりも甘い

璃々丸

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薄氷の上でワルツを

七十五.

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 多分に焦っているせいだと思いたかったが、如何にもそうではない気がしてきた。
 暗がりに潜みながら、獲物を狙う巨大な獣が此方に向かって今にも飛び掛かって来そうなイメージが頭から離れない。
 アルバーノが目を血走らせながら事あるごとに何度も何度も背後を振り返り、何かを確認しているその奇行に使用人達はすっかり怯えてしまい、決して主に近寄ろうとはしなかった。
 それから何とか準備を整えたアルバーノは、トランク片手に屋敷を飛び出していった。傍から見れば如何にもちぐはぐな服装をして、服の端々から宝石を零しながら・・・・・・。
 外はすっかり日が傾いていた。例え貴族ばかりが住まう山の手であろうと、これからの時間帯は危険である。
 当然、この様な時間に出歩く者は無い。あるとすれば、馬車などの安全な乗り物に乗って移動するだろう。
 しかしアルバーノはひとりで共も付けずに、外灯がぽつりぽつりと灯るだけの石畳を早歩きでその坂道を下って行った。
 大通りを使うと城からの騎士や使者等が来て捕まるかもしれないので、少しだけ通りを外して歩いていたら途中、城の馬車と馬に乗る騎士達が通り過ぎるのを遠くから目撃して自分の判断が正しかった事に安堵した。
「お、おお・・・・・・儂の感もまだまだ捨てたもんじゃないな」
 しかしもう城から使者が来たと言う事は、また城に連れ戻す為に来たのだろう。流石にもう、自分との関与がバレたとは考えにくい。
 だからと言ってのんびりしている場合では無い為、急いで馬車に乗る必要がある。
 さあさあ早く早くと何かに急かされる様に坂を下り、そして貴族街と平民街の丁度中間地点にある大きな広場にある辻馬車乗り場に、城の外へ出る大き目の幌馬車が一台止まっていた。
 中にはもう既に数人座っており、もう直ぐ出発する様子であった。
「おおーい、待ってくれ! 儂も乗せてくれっ」
 そう言って大急ぎで乗り込んだ。
 アルバーノが乗り込み、一番後ろの席に座ると馬車が動き出した。石畳から未舗装の、土がむき出しになった道を走り抜けて一番の難関かと思われていた関所すらも無事潜り抜け、アルバーノは王国を脱出した。
 遠ざかる王国に、一抹の寂しさとしかしそれ以上に逃げ出せた事への安堵の方が大きかった。
 しかしアルバーノは気付いていない。
 何故無事に関所を脱出できたのか。そして馬車は関所を止まることなく潜り抜けた事に、アルバーノは何の疑問も抱いていなかった。
 しかし異様に陰気な雰囲気を纏い、俯いて座る乗客達に、流石にアルバーノは不気味に思ったのとよく分からぬ居心地の悪さに、座席の隙間を開ける様に間隔を開けて座り直した。
 ううむ、それにしても暗いな・・・・・・ランタンとはこんなにも暗いモノだったか?
 幌の天井部分に吊り下げられたランタンが、走る揺れに合わせてゆらゆら揺れている様子を見ながらアルバーノは独り言ちる。
 勿論、ランタンの明るさを知らない訳では無い。この幌馬車のランタンが異様に暗い気がするのだ。
 そんな事を考えていると、はたと視線を感じて其方を見たアルバーノは、息を呑んで小さな悲鳴を上げた。
「ゥヒィ・・・・・・ッ!」
 何時の間にか、陰気な乗客達が一斉に此方を凝視していた。何とも言えぬ、怖気の走る不気味な視線にアルバーノは思わず声を荒げそうになったその時────。
 ふ、とランタンの明かりが消え、訳も分からず恐怖のあまり悲鳴を上げたアルバーノはいきなり首根っこを掴まれ、後ろへと強い力で引かれてどさりと尻餅をついた。痛みに呻きながらも顔を上げると、アルバーノは真っ暗な雑木林の中にひとり放り出されている事に気付いた。
「あ・・・・は?何、何だと・・・・・・こ、此処は何処だっ」
 混乱して喚くアルバーノの背後を突如、激しい物音を立てて何かが藪の中を移動して行った。
 言葉を失って物音がした方をガタガタ震えながら暫く黙って見ていたら、今度は太く低い唸り声が藪の中から聞こえてきて、アルバーノは更に歯をカチカチ鳴らす程に震え始めた。
 何なんだ、何なんだ何なんだ・・・・・・・・・・・・。
 アルバーノの脳裏を、真っ黒で巨大な肉食獣が此方を捕食しようと狙うイメージがこびり付いて離れない。
 自分はよく分からない化物に喰われて死ぬのかと、アルバーノは絶望しながら気絶した。
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