復讐はショコラよりも甘い

璃々丸

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薄氷の上でワルツを

七十四.

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 遡る事数時間前────。
 アルバーノ・オネスティは王城の、会場となっていた太陽の昇る広場の名を持つ部屋より何とか抜け出してその長い長い廊下を走っていた。
 長年の運動不足が祟って、少し走ってはゆっくり歩き。そして時折立ち止まって休憩を取ったり、と傍から見れば何をしているのかと思う様な光景だが、男は真剣に逃げ出している真っ最中であった。
 何て事だ何て事だ・・・・・・・・・・・・。
 ぜいはあと荒い息を吐きながらどたどた走る姿は何とも滑稽で。準正装姿で走る様はみっともない事この上なかったが、アルバーノ自身は其れ処では無い。
 魔女の正体が暴かれた。
 このまま黙っていても、何れは自分に辿り着くのも時間の問題である。
 捕まる前に少しでも遠くへ逃げるのだと────とてもそうは見えないが────急いでいる所だ。
 しかも王子の事は完全に予想外であった。
 魔女め、姿
 何も知らないアルバーノは、王子が化物の様な姿になったのは魔女のせいだと思っていた。
 よもや、生まれて間もなくゴブリンに喰われて摩り替っていたなどと誰も思いつかない話だから、仕方の無い事であった。
 何とか馬車乗り場まで辿り着いたアルバーノは、サボって昼寝をしていた御者を蹴っ飛ばして起こすと邸に急いで戻るよう指示した。
「何をしているっ! さっさと起きて儂を邸に連れて行かんかッ」
 御者はぶつくさ言いながらも主が馬車に乗るのを手伝い、自身は御者席に座って鞭を馬に向けて振るった。
 こうして、会場が混乱している隙に逃げ出せたお陰でアルバーノは引き留められる事も無く逃げおおせたのだった。しかし、無事邸に辿り着いてもやることは山積みだ。
 今、邸には殆ど使用人の姿が無く、この屋敷の主である筈のアルバーノの世話は必要最低限しかされていなかった。それもこれも、娘の不始末による監督不行き届き、そして此の所多発させていた仕事のミスが原因・・・・・・だけでは無いのだが、色々な事が重なったせいで離縁されそうになっていたのだ。
 舅が怒って孫娘を父親とそう歳の変わらぬ男の元へ嫁がせ、そして実の娘でありアルバーノの妻を実家へと引き上げさせた。
 その際実家から寄越していた人員も同時に引き上げ、今居る使用人は此処で住み始めてから雇った者だけである。
 実家も頼れず、家令も執事もおらず、果ては料理人達迄引き上げられてアルバーノはもう風前の灯火状態だ。
 離縁を言い渡されたらもう、この屋敷にも住めないだろう。
 だが
 捕まってしまえば離縁どころか死刑だからだ。
「クソッ・・・クソ・・・・・・ッ! どうして儂が・・・こんな目に・・・・・・」
 玄関に入るや否や礼装を次々と脱ぎ捨て、下着姿で廊下をズンズン歩いて部屋に入るとクローゼットを開けて一番地味そうな上着に袖を通し、ズボンを履いた。
 そしてたまたま目に付いたクローゼットの隅にあった小さな旅行用のトランクを引っ張り出すと、手あたり次第に衣服を詰め込んでいった。
 そのせいで、シャツは一枚だけなのに上着ばかり三枚も四枚も詰め込むと言うとんちんかんな事をやらかしていたが、誰もそれを指摘する者も居ない。
 主が帰って来たと言うのに、その剣幕のせいか使用人達はおろおろしながら遠巻きに見ているばかりだ。
 当のアルバーノはその様子を苛々しながらも横目で見ていたが、今は怒鳴り散らすより先に逃げる手立てを考えるのが先である。
 もう、自分の家の馬車は使えない。
 何処かで辻馬車を捕まえる必要があるな・・・・・・いや、その前に金だ。宝石を換金して・・・・・・。
 そう、取り敢えず先立つものが無ければ話にならない。アルバーノは慌てて自身の宝飾品の保管場所へと足を向けて保管されていた宝石を鷲掴むと上着のポケットやズボンのポケットに詰め込んだ。
 他には無いのか?
 娘や妻の宝石が、多少は残っているかもしれない。そう考えたアルバーノは、ふたりの宝石の保管場所へ行った。
「・・・チッ、これだけか」
 お気に入りだったり、価値のある物は矢張り粗方持っていかれた後だった。
 其処にあるのは流行遅れだったり、言う程価値の無い物ばかりだ。しかし無いよりマシだと袋の中に放り込んだ。
「・・・・・・」
 アルバーノは度々、背後を窺う様にちらりちらりと振り返っていた。実は先程からまるで何かに追い立てられるような焦燥感に駆られていたのだ。 
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