復讐はショコラよりも甘い

璃々丸

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天国への階段を下りる

五十一.

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 アピタ街道ならば打って付け、と言う事だ。
 この時期、野生動物たちは冬眠するものしないもので別れるが、熊以外の肉も食らい、この付近でよく出没する雑食の野犬は冬眠しない。
 冬は作物は育たず、木の実も果実も見当たらなくなる。そしてその時期に合わせて冬眠する動物もいるので、そうなると益々食料が減り、野犬達は常に腹を空かせた状態でこの辺りをうろついている筈だった。
 此処で起きた殺人はほぼ迷宮入りすると言っても過言ではない。野犬が、死体を食い荒らすからだ。
「まあ、そんな訳だから、悪いな坊ちゃん」
 男はそう言って踵を返し、馬車の御者席に乗り込んだ。そして痛みで蹲るラウルをその場に捨てて、馬に鞭を入れて走り出した。
「・・・はっ、うわぁっ!」
 走り出した馬車の、危うく車輪に巻き込まれそうになるのを辛うじて避けたが、それで力尽きたのかラウルはその場に蹲ったまま動けなくなっていた。
 馬車はあっという間に走り去り、辺りは何時もの静寂を取り戻した。虫の鳴き声すら聞こえぬが、何処かで梟の鳴き声が聞こえてくる。
 ホー、ホー、と低く独特の鳴き声は誰かが笛を吹いているような、何処か物悲しいそれは鳴き声の主が見えぬが故に、一層不気味さが際立つ。
 しかしラウルは其れ処では無い。傷の痛みに耐えるので精一杯で、そんな鳴き声に耳を傾ける事も、辺りに注意を払う事も出来無いでいた。
 傷は本人が思うよりは浅いが、しかしそれでも早く処置しないと失血死してしまうだろう。
 クソッ、クソッ、クソッ・・・・・・!痛い、痛いよう・・・・・・誰か、助けて・・・・・・。
 身体を丸めて痛みに耐えていたら、
 え・・・・・・?誰・・・・・・。
 誰か助けに?などと甘い考えが脳裏を過る。、自分の都合に良い事を考えている。
 直ぐ目の前迄来て歩く音が止んだので、きっと自分に気付いて足を止めたのだと分かったラウルはそろそろと顔を其方へと向けた。
「あ・・・・・・っ!」
 其処に立っていたのは、憎き仇グィードであった。
「ぐ、グィード・バルディーニッ! どうして・・・此処に・・・・・・」
 そう叫ぶと脇腹に痛みが走り、ラウルは呻きながらまた身体を丸めた。
 唇にうっすらと笑みを浮かべ、此方を見下ろすのはグィード本人であった。
 バルディーニ領程では無いが既に冬のこの時期に、暖かそうな大判のストールを肩に掛けてはいるが、その下はカッターシャツ一枚にスラックスだけと言う余りにもラフな服装をして立っていた。
 シャツのボタンは真ん中辺りのをひとつだけ止め、右手に掲げる様に持つランタンのせいか、シャツの下から覗くその絹の如く滑らかな白肌は柔らかく暖かな光沢を放っているように見えた。
「やあ、苦労しているね」
 心地良いベルベットの様な声が、揶揄を含んでそう言うのでラウルのプライドを刺激した。
「ぐっ・・・・・・貴様っ・・・・・・貴様のせいで・・・・・・っ!」
 ラウルが恨みの籠った声音で、呻くように言った。
「は、ははっ、ふふっ・・・・・・馬鹿だなあ、自業自得だよ。 君は何処まで自分に都合が良いんだ」
 呆れるグィードは堪らず笑い出していた。嘲り笑うグィードに腹を立てたラウルは傷に響く事も厭わず、思わず叫んでいた。
「・・・・・・クソッ、何だって言うんだ! 僕達が何をした、って言うんだよっ!」
「おいおい・・・・・・それは此方の台詞だよ、君達こそ俺に何の恨みがある、って言うんだい」
「・・・・・・それはっ、貴様が・・・・・・っ」
 言い掛けて口籠る。オルランドの事は確かに可哀そうだが、もしかしたらもっと穏便に何か他の方法があったかもしれない、とそう考えた時である。
 突如としてグィードの哄笑が辺りに響いた。
「はっ、ははははははは・・・っ! ふ、ふふっ・・・・・・はあーあ・・・今、君何か殊勝な事考えようとしただろ? 君は本当にどうしようもないね」
 ランタンに照らされた紫眼はその照り返しのせいなのか、その瞳に赤い色を滲ませ、それはまるで怒りで色を変えたかの様に見えた。
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