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天国への階段を下りる
五十.
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「・・・・・・」
カルロの事は本当に親友だと思っていたのに、謹慎中に見舞う処か手紙の一通も寄越さなかった。
今朝も、もしかしたらと期待していたのだが、ものの見事に裏切られた。
「・・・・・・いや、きっとみんなから阻止されてたに違いないんだ」
僕達の友情に野暮な事をする連中だ、と愚痴を零した。
暫く馬車は舗装された街道を走っていたが、そのうち景色がモノクロな田園風景から、半ば葉が枯れ落ちながらもまだ鬱蒼とした森の中へ入って行く。
道も、獣道と見分けがつかないような、轍がわずかに残る程度の険しい道へと変わって只でさえ硬い座席が、車輪が跳ねる度にラウルは浮き上がって何度も尻を打ち付けられると言う嫌がらせみたいな仕打ちに何度も悲鳴を上げていたが、悲鳴を上げると今度は舌を噛みそうになり本当に閉口する羽目になっていた。
どれ程走っていたのか、まだ其処迄日が落ちた気はしていなかったが、周囲が随分と薄暗い。
多分、鬱蒼とした森の中を走っているせいだろうか、ランタンに灯を点すには早いが点いていないとどうにも心許ない。
この道は、言わばトレンティノ王国がまだ今程発展していなかった頃、他国から購入した物資を運びこんだり今はもう閉山した銀山の、銀を掘る労働者達が暮らす村があったりと昔はそこそこ賑わっていた街道のひとつであった。
色々と技術が発展した今は、新しい道が次々と作られて此処は現在アピタ古道と呼ばれてほぼ使われなくなって久しい街道であった。
この様に、鬱蒼と木々が生い茂り僅かに轍が残っている程度のこの道は、今は訳ありの人間か犯罪者が誰にも見つからない様に使う道として、曰くつきな道になってしまっていた。
ラウルは知識としてアピタ街道の事は知っていたが、まさかこのガタガタ道がそうだとは思っていなかった。
ちくしょうっ、親戚の家に着いたらこんなヤツ、二度と仕事できないようにしてやるっ!
内心悪態を吐いていたら、いきなりラウルは馬車の中で座席から放り出され、狭い車内で転がった。
「うわっ・・・ぐわあっ!」
何が起こったのか分からず、衝撃に備えるなんて当然できる訳も無いので、強かに身体中を座席や床に打ち付けたラウルは痛みに呻きながら蹲っていた。ドアが開いて外に放り出されなかっただけラッキーだった。
「ぐっ・・・・・・ううう・・・・・・」
一体何が起こったのか、外は静かだから襲撃された訳ではなさそうだが、しかしラウルは痛みを堪えるので精一杯でそれ処ではなかった。
馬車のドアを叩かれた。答える余裕なんて無い彼は暫く無視をしていたが、しつこくノックして来るので頭を押さえながらドアを蹴破る様に開けた。
「・・・何だっ!」
苛立ちを隠しもせず、男を睨みつけた。
「へえ、すいやせんねえ、馬車が轍にハマっちまったみてえで、ちぃっと手伝ってもらえませんかねえ」
平素なら、何とも気の抜ける様な喋り方だな、と思うだけだが今はその暢気な喋り方が苛立たしくなる。御者が、笑っている積もりなのだろうか黄ばんだ汚い歯を剝きだしているその様は威嚇しているようにも見えた。
「・・・・・・」
何で僕が力仕事しなきゃいけないんだよ・・・・・・。
「早くこの森を抜けないと熊も出るんで頼んますよ」
熊、と言われてラウルは顔を顰めた。このトレンティノ王国付近にも出没する肉食の大型獣だ。
生きて動いているのを見た事は無いが、何処かの伯爵だったかの屋敷で仕留められて、敷物になっていた熊なら見た事がある。彼はそう言った野蛮な行為は嫌いだから、伯爵の自慢話を適当に聞き流していたが。
中々の大きさの熊であったのは覚えている。あんなのに襲い掛かられても困るしこんな所で一晩過ごすのも嫌なので、手伝うしかない。
「・・・・・・どうすればいい?」
「へえ、後ろの車輪を見てもらえますかねえ」
やれやれ、と深々と溜息を吐いてラウルは後輪側へと向かう。
「えー・・・・・・っと、何処だ?」
原因を探ろうと車輪を覗き込もうとした時だった。
「うぐぅ・・・・・・っ!!」
右の脇腹に衝撃が走った。カッ、と熱くなる様な痛みが脇腹から広がる。痛みのあまりガクリと膝をついて右脇を抑えながら、助けを求める為男を見た。
あ・・・・・・。
この痛みの原因は御者であった。男の手に、ナイフが握られている。
この薄闇に包まれ始めた森の中でもはっきりと、そのナイフが鮮血に濡れているのが分かった。
「へへへ、済まねえな坊ちゃん、恨むんなら自分の父親を恨むんだな」
ニタニタと黄色い歯を見せつける様に笑う御者。痛みでそれ処では無いラウルは父上が何だって、と訳が分からず男を見詰めていた。
「分かんねえかい、可哀そうになあ・・・・・・俺あ、お前さんの父親にお前さんを殺すよう依頼されたのさ。 遠く離れた場所で殺してくれ、ってな」
カルロの事は本当に親友だと思っていたのに、謹慎中に見舞う処か手紙の一通も寄越さなかった。
今朝も、もしかしたらと期待していたのだが、ものの見事に裏切られた。
「・・・・・・いや、きっとみんなから阻止されてたに違いないんだ」
僕達の友情に野暮な事をする連中だ、と愚痴を零した。
暫く馬車は舗装された街道を走っていたが、そのうち景色がモノクロな田園風景から、半ば葉が枯れ落ちながらもまだ鬱蒼とした森の中へ入って行く。
道も、獣道と見分けがつかないような、轍がわずかに残る程度の険しい道へと変わって只でさえ硬い座席が、車輪が跳ねる度にラウルは浮き上がって何度も尻を打ち付けられると言う嫌がらせみたいな仕打ちに何度も悲鳴を上げていたが、悲鳴を上げると今度は舌を噛みそうになり本当に閉口する羽目になっていた。
どれ程走っていたのか、まだ其処迄日が落ちた気はしていなかったが、周囲が随分と薄暗い。
多分、鬱蒼とした森の中を走っているせいだろうか、ランタンに灯を点すには早いが点いていないとどうにも心許ない。
この道は、言わばトレンティノ王国がまだ今程発展していなかった頃、他国から購入した物資を運びこんだり今はもう閉山した銀山の、銀を掘る労働者達が暮らす村があったりと昔はそこそこ賑わっていた街道のひとつであった。
色々と技術が発展した今は、新しい道が次々と作られて此処は現在アピタ古道と呼ばれてほぼ使われなくなって久しい街道であった。
この様に、鬱蒼と木々が生い茂り僅かに轍が残っている程度のこの道は、今は訳ありの人間か犯罪者が誰にも見つからない様に使う道として、曰くつきな道になってしまっていた。
ラウルは知識としてアピタ街道の事は知っていたが、まさかこのガタガタ道がそうだとは思っていなかった。
ちくしょうっ、親戚の家に着いたらこんなヤツ、二度と仕事できないようにしてやるっ!
内心悪態を吐いていたら、いきなりラウルは馬車の中で座席から放り出され、狭い車内で転がった。
「うわっ・・・ぐわあっ!」
何が起こったのか分からず、衝撃に備えるなんて当然できる訳も無いので、強かに身体中を座席や床に打ち付けたラウルは痛みに呻きながら蹲っていた。ドアが開いて外に放り出されなかっただけラッキーだった。
「ぐっ・・・・・・ううう・・・・・・」
一体何が起こったのか、外は静かだから襲撃された訳ではなさそうだが、しかしラウルは痛みを堪えるので精一杯でそれ処ではなかった。
馬車のドアを叩かれた。答える余裕なんて無い彼は暫く無視をしていたが、しつこくノックして来るので頭を押さえながらドアを蹴破る様に開けた。
「・・・何だっ!」
苛立ちを隠しもせず、男を睨みつけた。
「へえ、すいやせんねえ、馬車が轍にハマっちまったみてえで、ちぃっと手伝ってもらえませんかねえ」
平素なら、何とも気の抜ける様な喋り方だな、と思うだけだが今はその暢気な喋り方が苛立たしくなる。御者が、笑っている積もりなのだろうか黄ばんだ汚い歯を剝きだしているその様は威嚇しているようにも見えた。
「・・・・・・」
何で僕が力仕事しなきゃいけないんだよ・・・・・・。
「早くこの森を抜けないと熊も出るんで頼んますよ」
熊、と言われてラウルは顔を顰めた。このトレンティノ王国付近にも出没する肉食の大型獣だ。
生きて動いているのを見た事は無いが、何処かの伯爵だったかの屋敷で仕留められて、敷物になっていた熊なら見た事がある。彼はそう言った野蛮な行為は嫌いだから、伯爵の自慢話を適当に聞き流していたが。
中々の大きさの熊であったのは覚えている。あんなのに襲い掛かられても困るしこんな所で一晩過ごすのも嫌なので、手伝うしかない。
「・・・・・・どうすればいい?」
「へえ、後ろの車輪を見てもらえますかねえ」
やれやれ、と深々と溜息を吐いてラウルは後輪側へと向かう。
「えー・・・・・・っと、何処だ?」
原因を探ろうと車輪を覗き込もうとした時だった。
「うぐぅ・・・・・・っ!!」
右の脇腹に衝撃が走った。カッ、と熱くなる様な痛みが脇腹から広がる。痛みのあまりガクリと膝をついて右脇を抑えながら、助けを求める為男を見た。
あ・・・・・・。
この痛みの原因は御者であった。男の手に、ナイフが握られている。
この薄闇に包まれ始めた森の中でもはっきりと、そのナイフが鮮血に濡れているのが分かった。
「へへへ、済まねえな坊ちゃん、恨むんなら自分の父親を恨むんだな」
ニタニタと黄色い歯を見せつける様に笑う御者。痛みでそれ処では無いラウルは父上が何だって、と訳が分からず男を見詰めていた。
「分かんねえかい、可哀そうになあ・・・・・・俺あ、お前さんの父親にお前さんを殺すよう依頼されたのさ。 遠く離れた場所で殺してくれ、ってな」
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