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14話 シマエナガくんとオジロワシさん【終】
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季節はめぐる。
大地を覆い隠していた雪は解け、林の木々は若葉を芽吹かせ始めていた。川の流れは清らかで、山から吹き下ろす風は暖かく、立っているだけで気分がわくわくとしてしまう。
「もうすっかり春ですねぇ」
どこか遠くにウグイスのさえずりを聞きながら、飛彦は言った。今日は喫茶わたゆきの休業日。雪斗と飛彦は、建物から少し離れた林の中をのんびりと歩いているところだ。
「今年は雪解けが早かったみたいですね。春先にあまり暖炉を炊かなかったから薪がたくさん残ってるって、おじいちゃんが喜んでいました」
「薪の切り出しは大変ですもんね。声をかけてもらえれば手伝いますよ」
「え、本当ですか? 死ぬほどこき使われますよ」
雪斗が生真面目な表情で言えば、飛彦は楽しそうに笑い声を零した。そしてそれから少し残念そうに雪斗の方を見た。
「雪斗くんの髪の毛も、すっかりボリュームダウンしちゃいましたね」
「あのもふもふは冬限定なので。毎年春がくると、抜け毛がひどくて大変なんです」
雪斗はすっかり軽くなった頭を撫でた。冬のあいだ『雪の妖精』の名にふさわしくもふもふだった髪の毛は、今は半分程度の量まで減ってしまった。色も少し茶色がかった白へと変わり、さながらコーヒーカップに注がれたカフェラテのような色合いだ。
林の中で歩みを止めた。目の前にはさらさらと流れる小川がある。ひんやりと冷たい雪解け水をのせて、どこかわからない場所へと流れていく。
白く輝く水面を眺めながら、飛彦はぽつりと言った。
「次の週末、母が遊びにくることになったんです」
雪斗は飛彦の横顔を見上げた。
「母って……もしかして『若葉さん』?」
「そう、例の『若葉さん』です。それで差し支えなければ、母に雪斗くんのことを紹介したいと思っているんですが……どうでしょう?」
「紹介って……こ、恋人としてってこと?」
「そういうことになります」
突然の提案に、雪斗は言い淀んだ。
「そ、それはさすがに早くないですか? 付き合い始めてからまだ時間も経っていませんし、この先僕たちがどんな関係に落ち着くのかもわかりませんし、若葉さんに会うのはもう少し時間が経ってからの方が――」
雪斗の説得をさえぎって、飛彦は悪戯げに目を細めた。
「オジロワシは一途な鳥なんですよ。一度『つがいだ』と決めた相手と生涯添い遂げるんです。私はそのくらいの覚悟で雪斗くんに告白したんですが――……雪斗くんは違いました?」
「うぇ!? ち、違わないけどぉ……」
大慌てで肯定すれば、飛彦は「ふふ」と声をひそめて笑う。雪斗のことを責めるような言い回しとは裏腹に、随分と楽しそうだ。
(じょ、冗談だったの……? 『つがい』だとか『生涯添い遂げる』だとか言うからびっくりしちゃった……)
それでも何となく、来年の春もまたこうして飛彦と一緒にいるのだろうと思った。
何度冬が来ても、何度春が来ても、変わることなくそばにいられるのだろうと思った。
生涯を添い遂げるオジロワシのつがいのように。
何度、季節がめぐっても。【終】
大地を覆い隠していた雪は解け、林の木々は若葉を芽吹かせ始めていた。川の流れは清らかで、山から吹き下ろす風は暖かく、立っているだけで気分がわくわくとしてしまう。
「もうすっかり春ですねぇ」
どこか遠くにウグイスのさえずりを聞きながら、飛彦は言った。今日は喫茶わたゆきの休業日。雪斗と飛彦は、建物から少し離れた林の中をのんびりと歩いているところだ。
「今年は雪解けが早かったみたいですね。春先にあまり暖炉を炊かなかったから薪がたくさん残ってるって、おじいちゃんが喜んでいました」
「薪の切り出しは大変ですもんね。声をかけてもらえれば手伝いますよ」
「え、本当ですか? 死ぬほどこき使われますよ」
雪斗が生真面目な表情で言えば、飛彦は楽しそうに笑い声を零した。そしてそれから少し残念そうに雪斗の方を見た。
「雪斗くんの髪の毛も、すっかりボリュームダウンしちゃいましたね」
「あのもふもふは冬限定なので。毎年春がくると、抜け毛がひどくて大変なんです」
雪斗はすっかり軽くなった頭を撫でた。冬のあいだ『雪の妖精』の名にふさわしくもふもふだった髪の毛は、今は半分程度の量まで減ってしまった。色も少し茶色がかった白へと変わり、さながらコーヒーカップに注がれたカフェラテのような色合いだ。
林の中で歩みを止めた。目の前にはさらさらと流れる小川がある。ひんやりと冷たい雪解け水をのせて、どこかわからない場所へと流れていく。
白く輝く水面を眺めながら、飛彦はぽつりと言った。
「次の週末、母が遊びにくることになったんです」
雪斗は飛彦の横顔を見上げた。
「母って……もしかして『若葉さん』?」
「そう、例の『若葉さん』です。それで差し支えなければ、母に雪斗くんのことを紹介したいと思っているんですが……どうでしょう?」
「紹介って……こ、恋人としてってこと?」
「そういうことになります」
突然の提案に、雪斗は言い淀んだ。
「そ、それはさすがに早くないですか? 付き合い始めてからまだ時間も経っていませんし、この先僕たちがどんな関係に落ち着くのかもわかりませんし、若葉さんに会うのはもう少し時間が経ってからの方が――」
雪斗の説得をさえぎって、飛彦は悪戯げに目を細めた。
「オジロワシは一途な鳥なんですよ。一度『つがいだ』と決めた相手と生涯添い遂げるんです。私はそのくらいの覚悟で雪斗くんに告白したんですが――……雪斗くんは違いました?」
「うぇ!? ち、違わないけどぉ……」
大慌てで肯定すれば、飛彦は「ふふ」と声をひそめて笑う。雪斗のことを責めるような言い回しとは裏腹に、随分と楽しそうだ。
(じょ、冗談だったの……? 『つがい』だとか『生涯添い遂げる』だとか言うからびっくりしちゃった……)
それでも何となく、来年の春もまたこうして飛彦と一緒にいるのだろうと思った。
何度冬が来ても、何度春が来ても、変わることなくそばにいられるのだろうと思った。
生涯を添い遂げるオジロワシのつがいのように。
何度、季節がめぐっても。【終】
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