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10話 その手紙の宛先は
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雪斗と飛彦が文通を始めてから2か月が経ち、身を切るような冬の寒さも少し和らいできた。
その日も飛彦は、郵便配達のついでに喫茶わたゆきを訪れていた。老齢のご婦人方に囲まれコーヒーを飲むイケメン青年、今ではすっかり喫茶わたゆきの名物だ。
「飛彦さん、そろそろお仕事には慣れた頃かしら?」
夜々がそう尋ねれば、飛彦はコーヒーカップを置いて答えた。
「大分、慣れました。手紙の数が多い日には時間内に届け終わらないこともありますけれど」
「冬は郵便屋さんの繁忙期だものね。家にいる時間が長くなるから、皆たくさん手紙を書くんですって。そう聞いたことがあるわ」
なるほど、と飛彦が相槌を打ったとき、次は紅子が口を開いた。
「お仕事に慣れてきたのなら、私の知り合いの娘さんとも文通を始めてみない? ほら、以前お話ししたタンチョウヅルの娘さんよ。この間お会いしたときに飛彦さんの話をしたら反応がよかったの」
紅子はわくわくと肩を弾ませるけれど、飛彦ははっきりと断った。
「ありがたいお話ですが止めておきます。変に期待を持たせても申し訳ないですし」
「あら、そう? もしかして飛彦さん、この短期間で恋人ができたの?」
率直な質問に飛彦は言いよどんだ。
「ええと……そういうわけでは……」
「じゃあ好きな人? 好きな人がいるの?」
「……はい。そんなところです……」
飛彦がやんわりと肯定すれば、ご婦人たちの間には黄色い悲鳴があがった。
「あらあら飛彦さんに好きな人!」
「これはじっくり話を聞かなくちゃならないわ。雪斗くん、本日のケーキを人数分よろしく!」
カフェカウンターで彼らの会話に耳を澄ませていた雪斗は、慌てて「はぁい」と相槌を打った。
本日のケーキは、祖母手作りのガトーショコラ。チョコレートをたっぷりと使った濃厚なガトーショコラは、ほろ苦いコーヒーにぴったりの逸品だ。
雪斗がケーキを運んでいったとき、飛彦はご婦人たちから質問攻めにされていた。
「相手の方はどんなタイプなの? 可愛い系? それとも綺麗系?」
「う、うーん。どちらかといえば可愛い系ですね……」
「告白はするつもりなのかしら?」
「直接告白はせずに手紙を渡そうと思っています。私は人と話すことがあまり得意ではないので……」
「ラブレターということね。ロマンチックで素敵だわ」
雪斗はテーブルの上に人数分のケーキ皿を下ろしながら言った。
「みんな、質問はそのくらいにしておきなよ。飛彦さんが困ってるよ……」
間髪を入れずに言い返す者は興奮状態の紅子だ。
「質問せずにいられるわけがないじゃない。雪斗くん、あなたは飛彦さんの恋の相手を知っているの?」
「知らないし、たとえ知っていたとしても飛彦さんを売るような真似はしないよ」
きっぱりと答えれば、ご婦人たちは多少なりとも落ち着きを取り戻したようだ。すっかり冷めたコーヒーを口にして、運ばれたばかりのガトーショコラをつつき始める。
それから10分も経つと、飛彦は丁寧なあいさつをして喫茶わたゆきを後にした。飛彦を質問攻めにしたいご婦人たちは不満そうだが、配達局に戻ってやらなければならない仕事があるらしい。
注文が途絶え、手持ち無沙汰となった雪斗がぼんやり窓の外を眺めていると、厨房から祖父と祖母の会話が聞こえた。
「ありゃ。飛彦さん、配達先を間違えてるよ。よそ行きの手紙が1通紛れ込んでるや」
「本当? しっかり者の飛彦さんにしては珍しいわね」
「すぐに配達局へ届けた方がええかなぁ。……ん、この手紙、差出人の名前が書いてねぇな」
「本当ね。あら、ついでに封筒の封もしていないわ。間違ってポストに入れてしまったのかしら」
2人の会話に興味を惹かれ、雪斗は厨房を覗き込んだ。春の訪れを感じさせるような華やかな封筒が目に入った。
「その封筒、飛彦さんの……」
雪斗は思わず呟いた。
以前飛彦の自宅にお邪魔したとき、ダイニングテーブルの上に書きかけの便箋と封筒が散らばっているのを見た。今、雪斗の目の前にある封筒は、あのとき見た封筒と同じ物だ。
「あらあら、これは飛彦さんが書いたお手紙なの? 書きかけの手紙が手荷物に紛れてしまったのかしらね」
「忙しい時期だからそんなこともあるだろうさ。雪斗、次に会ったとき返してやれ」
祖父が差し出した封筒を、雪斗は手を伸ばして受け取った。真新しい封筒は封がされておらず、中には3つ折の便箋が覗いている。そして何もなしに封筒の表面に自然を落としてみれば、そこには丁寧に書かれた住所と宛名。
――〇〇町××通り1番地 若葉様
「……あ」
――直接告白はせずに手紙を渡そうと思っています。私は人と話すことがあまり得意ではないので……
飛彦の言葉が頭の中によみがえった。
その日も飛彦は、郵便配達のついでに喫茶わたゆきを訪れていた。老齢のご婦人方に囲まれコーヒーを飲むイケメン青年、今ではすっかり喫茶わたゆきの名物だ。
「飛彦さん、そろそろお仕事には慣れた頃かしら?」
夜々がそう尋ねれば、飛彦はコーヒーカップを置いて答えた。
「大分、慣れました。手紙の数が多い日には時間内に届け終わらないこともありますけれど」
「冬は郵便屋さんの繁忙期だものね。家にいる時間が長くなるから、皆たくさん手紙を書くんですって。そう聞いたことがあるわ」
なるほど、と飛彦が相槌を打ったとき、次は紅子が口を開いた。
「お仕事に慣れてきたのなら、私の知り合いの娘さんとも文通を始めてみない? ほら、以前お話ししたタンチョウヅルの娘さんよ。この間お会いしたときに飛彦さんの話をしたら反応がよかったの」
紅子はわくわくと肩を弾ませるけれど、飛彦ははっきりと断った。
「ありがたいお話ですが止めておきます。変に期待を持たせても申し訳ないですし」
「あら、そう? もしかして飛彦さん、この短期間で恋人ができたの?」
率直な質問に飛彦は言いよどんだ。
「ええと……そういうわけでは……」
「じゃあ好きな人? 好きな人がいるの?」
「……はい。そんなところです……」
飛彦がやんわりと肯定すれば、ご婦人たちの間には黄色い悲鳴があがった。
「あらあら飛彦さんに好きな人!」
「これはじっくり話を聞かなくちゃならないわ。雪斗くん、本日のケーキを人数分よろしく!」
カフェカウンターで彼らの会話に耳を澄ませていた雪斗は、慌てて「はぁい」と相槌を打った。
本日のケーキは、祖母手作りのガトーショコラ。チョコレートをたっぷりと使った濃厚なガトーショコラは、ほろ苦いコーヒーにぴったりの逸品だ。
雪斗がケーキを運んでいったとき、飛彦はご婦人たちから質問攻めにされていた。
「相手の方はどんなタイプなの? 可愛い系? それとも綺麗系?」
「う、うーん。どちらかといえば可愛い系ですね……」
「告白はするつもりなのかしら?」
「直接告白はせずに手紙を渡そうと思っています。私は人と話すことがあまり得意ではないので……」
「ラブレターということね。ロマンチックで素敵だわ」
雪斗はテーブルの上に人数分のケーキ皿を下ろしながら言った。
「みんな、質問はそのくらいにしておきなよ。飛彦さんが困ってるよ……」
間髪を入れずに言い返す者は興奮状態の紅子だ。
「質問せずにいられるわけがないじゃない。雪斗くん、あなたは飛彦さんの恋の相手を知っているの?」
「知らないし、たとえ知っていたとしても飛彦さんを売るような真似はしないよ」
きっぱりと答えれば、ご婦人たちは多少なりとも落ち着きを取り戻したようだ。すっかり冷めたコーヒーを口にして、運ばれたばかりのガトーショコラをつつき始める。
それから10分も経つと、飛彦は丁寧なあいさつをして喫茶わたゆきを後にした。飛彦を質問攻めにしたいご婦人たちは不満そうだが、配達局に戻ってやらなければならない仕事があるらしい。
注文が途絶え、手持ち無沙汰となった雪斗がぼんやり窓の外を眺めていると、厨房から祖父と祖母の会話が聞こえた。
「ありゃ。飛彦さん、配達先を間違えてるよ。よそ行きの手紙が1通紛れ込んでるや」
「本当? しっかり者の飛彦さんにしては珍しいわね」
「すぐに配達局へ届けた方がええかなぁ。……ん、この手紙、差出人の名前が書いてねぇな」
「本当ね。あら、ついでに封筒の封もしていないわ。間違ってポストに入れてしまったのかしら」
2人の会話に興味を惹かれ、雪斗は厨房を覗き込んだ。春の訪れを感じさせるような華やかな封筒が目に入った。
「その封筒、飛彦さんの……」
雪斗は思わず呟いた。
以前飛彦の自宅にお邪魔したとき、ダイニングテーブルの上に書きかけの便箋と封筒が散らばっているのを見た。今、雪斗の目の前にある封筒は、あのとき見た封筒と同じ物だ。
「あらあら、これは飛彦さんが書いたお手紙なの? 書きかけの手紙が手荷物に紛れてしまったのかしらね」
「忙しい時期だからそんなこともあるだろうさ。雪斗、次に会ったとき返してやれ」
祖父が差し出した封筒を、雪斗は手を伸ばして受け取った。真新しい封筒は封がされておらず、中には3つ折の便箋が覗いている。そして何もなしに封筒の表面に自然を落としてみれば、そこには丁寧に書かれた住所と宛名。
――〇〇町××通り1番地 若葉様
「……あ」
――直接告白はせずに手紙を渡そうと思っています。私は人と話すことがあまり得意ではないので……
飛彦の言葉が頭の中によみがえった。
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