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6話 文通しましょ
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雪斗さんへ
私と文通ともだちになってくれてありがとうございます。初めてのお手紙なので、まずは簡単な自己紹介を書きますね。
私はもともと遠く離れた田舎町で暮らしていましたが、少し前にこの街へとやってきました。便配達員の仕事を選んだのはたまたま空きがあったからです。積極的に人と関わる仕事ではないので、口下手な私でもこなせるだろうという考えもありました。
でもいざ仕事を初めてみると、意外と人と話す機会が多くてびっくりしています。喫茶わたゆきでもたくさんの皆さまに声をかけていただいていますが、私の口下手が原因で不快な思いをさせてはいないでしょうか? 冗談のひとつでも言えるようになれればとは思うのですが、難しいです。
私の趣味は読書と喫茶店めぐりです。自宅にはたくさんの本があります。好きな食べ物はオムライスとハンバーグ、外見のわりに子どもっぽいとよく言われます。苦手なことは人と話すことと、手紙を書くことです。あとはホラー小説も苦手です。料理もあまり得意ではないです。
……自己紹介ってあとは何を書けばいいんでしょう? 何か私に聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね。では初めてのお手紙なのでこの辺りで失礼、お返事待っています。
飛彦
雪斗が飛彦と文通を始めてから1か月が経った。その間に手紙をやり取りした回数は、片手で数えられるほどに留まっているけれど、2人の距離はずいぶん近づいた。飛彦は雪斗のことを「雪斗くん」と呼ぶようになり、喫茶わたゆきで話をする機会も増えた。
お互い上手に手紙を書けるようになったのか? と訊かれると難しいところではあるけれど。
その日、飛彦は郵便配達のついでに喫茶わたゆきを訪れていた。
飛彦のまわりには数人のご婦人たちが集まりおしゃべりの真っ最中。高齢のご婦人たちの中に、若い飛彦がぽつんと混ざるさまは、傍から見れば奇妙の一言。しかしこの光景は今や喫茶わたゆきの定番である。
「飛彦さん、雪斗くんと文通をしているんですって?」
と尋ねる者は夜々。
「はい。1か月くらい前に始めたばかりですけれど」
「若い男の子ってどんな手紙をやり取りするの? 想像がつかないわ」
「皆さんが書く手紙とあまり変わらないと思いますよ。最近読んだ本の話とか、行ってみたい旅先の話とか、そんなとりとめのない内容です」
「それにしても羨ましいわぁ。私、過去に何度か雪斗くんを文通に誘っているのよ。でも『手紙を書くのは苦手だから』といつも断られてしまってね。やっぱり男の子は男の子同士の方が気楽なのかしら……」
夜々は溜息交じりに頬杖をついた。
雪斗はカフェカウンターでケーキを切り分けながら、彼らの会話に耳を澄ませていた。
飛彦が常連客になってからというもの、喫茶店のメニューは驚くほど充実した。中でも日替わりで提供される『本日のケーキ』は喫茶わたゆきの看板メニューとなり、ケーキを目当てとした新規の客も増えた。ほくほく顔でケーキを焼く祖母の姿を見るたびに、「イケメンのパワーはすごいや」と思わずにはいられない。
ちなみに今雪斗が切り分けているのは、旬のリンゴをたっぷりと使ったパウンドケーキだ。
「雪斗くん」
肩口で優しい声がした。驚いて振り返れば、そこには空のコーヒーカップを手にした飛彦が立っていた。
「飛彦さん……どうしました? あ、コーヒーのお代わりですか?」
「はい、頂いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。すぐ準備しますね」
カフェカウンターの戸棚を開け、コーヒーミルを取り出した。銅製のミルにコーヒー豆を入れ、グリップに手をかける。かりかりかりと小気味のいい音を立ててコーヒー豆が削れていく。
スプーン1杯分の豆をすっかり削り終えたとき、雪斗は飛彦がまだそこに立っていることに気が付いた。
「カップ、そこに置いておいてもらって大丈夫ですよ。コーヒーを淹れたら席までもっていきますから」
「あ、はい。よろしくお願いします」
などと言いながらも、飛彦はいつまでもカフェカウンターのそばを立ち去らなかった。不思議に思いまた視線をあげたとき、飛彦は緊張した表情で雪斗のことを見下ろしていた。
「あの……雪斗くん。もし迷惑じゃなければなんですけど」
「なんでしょう?」
「週末、2人で買い物に行きませんか?」
それは思いもよらない申し出だった。作業の手を止めて飛彦の顔を見つめれば、スプーンから零れたコーヒー粉がカフェカウンターの上にはらはらと落ちる。
「何か欲しい物がありました?」
「新しい便箋を買いたいんです。雪斗くんとの文通が楽しくて、いつも便箋を使いすぎてしまうから、少し大きめの物を買おうかなって」
――雪斗くんとの文通が楽しくて
さらりと告げられた言葉にむずがゆさを覚えたが、何でもないという表情で会話を続けた。
「あー……確かに最近、手紙の枚数が増えていますよね。そういうことならご一緒しますよ。ちょうど僕も新しい万年筆がほしいと思っていたんです」
そう答えると、飛彦は目に見えて表情を明るくした。ぱぁ、っと顔中に灯りをともしたようだ。
どちらかといえばいつも表情に乏しい飛彦が、そこまで嬉しそうな顔をするのは初めてのことで、雪斗はまた言葉にしがたいむずがゆさを覚えてしまう。
(文通友達として一緒に便箋を買いにいくだけ、それ以外に特別な意味なんてないんだってば)
私と文通ともだちになってくれてありがとうございます。初めてのお手紙なので、まずは簡単な自己紹介を書きますね。
私はもともと遠く離れた田舎町で暮らしていましたが、少し前にこの街へとやってきました。便配達員の仕事を選んだのはたまたま空きがあったからです。積極的に人と関わる仕事ではないので、口下手な私でもこなせるだろうという考えもありました。
でもいざ仕事を初めてみると、意外と人と話す機会が多くてびっくりしています。喫茶わたゆきでもたくさんの皆さまに声をかけていただいていますが、私の口下手が原因で不快な思いをさせてはいないでしょうか? 冗談のひとつでも言えるようになれればとは思うのですが、難しいです。
私の趣味は読書と喫茶店めぐりです。自宅にはたくさんの本があります。好きな食べ物はオムライスとハンバーグ、外見のわりに子どもっぽいとよく言われます。苦手なことは人と話すことと、手紙を書くことです。あとはホラー小説も苦手です。料理もあまり得意ではないです。
……自己紹介ってあとは何を書けばいいんでしょう? 何か私に聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね。では初めてのお手紙なのでこの辺りで失礼、お返事待っています。
飛彦
雪斗が飛彦と文通を始めてから1か月が経った。その間に手紙をやり取りした回数は、片手で数えられるほどに留まっているけれど、2人の距離はずいぶん近づいた。飛彦は雪斗のことを「雪斗くん」と呼ぶようになり、喫茶わたゆきで話をする機会も増えた。
お互い上手に手紙を書けるようになったのか? と訊かれると難しいところではあるけれど。
その日、飛彦は郵便配達のついでに喫茶わたゆきを訪れていた。
飛彦のまわりには数人のご婦人たちが集まりおしゃべりの真っ最中。高齢のご婦人たちの中に、若い飛彦がぽつんと混ざるさまは、傍から見れば奇妙の一言。しかしこの光景は今や喫茶わたゆきの定番である。
「飛彦さん、雪斗くんと文通をしているんですって?」
と尋ねる者は夜々。
「はい。1か月くらい前に始めたばかりですけれど」
「若い男の子ってどんな手紙をやり取りするの? 想像がつかないわ」
「皆さんが書く手紙とあまり変わらないと思いますよ。最近読んだ本の話とか、行ってみたい旅先の話とか、そんなとりとめのない内容です」
「それにしても羨ましいわぁ。私、過去に何度か雪斗くんを文通に誘っているのよ。でも『手紙を書くのは苦手だから』といつも断られてしまってね。やっぱり男の子は男の子同士の方が気楽なのかしら……」
夜々は溜息交じりに頬杖をついた。
雪斗はカフェカウンターでケーキを切り分けながら、彼らの会話に耳を澄ませていた。
飛彦が常連客になってからというもの、喫茶店のメニューは驚くほど充実した。中でも日替わりで提供される『本日のケーキ』は喫茶わたゆきの看板メニューとなり、ケーキを目当てとした新規の客も増えた。ほくほく顔でケーキを焼く祖母の姿を見るたびに、「イケメンのパワーはすごいや」と思わずにはいられない。
ちなみに今雪斗が切り分けているのは、旬のリンゴをたっぷりと使ったパウンドケーキだ。
「雪斗くん」
肩口で優しい声がした。驚いて振り返れば、そこには空のコーヒーカップを手にした飛彦が立っていた。
「飛彦さん……どうしました? あ、コーヒーのお代わりですか?」
「はい、頂いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。すぐ準備しますね」
カフェカウンターの戸棚を開け、コーヒーミルを取り出した。銅製のミルにコーヒー豆を入れ、グリップに手をかける。かりかりかりと小気味のいい音を立ててコーヒー豆が削れていく。
スプーン1杯分の豆をすっかり削り終えたとき、雪斗は飛彦がまだそこに立っていることに気が付いた。
「カップ、そこに置いておいてもらって大丈夫ですよ。コーヒーを淹れたら席までもっていきますから」
「あ、はい。よろしくお願いします」
などと言いながらも、飛彦はいつまでもカフェカウンターのそばを立ち去らなかった。不思議に思いまた視線をあげたとき、飛彦は緊張した表情で雪斗のことを見下ろしていた。
「あの……雪斗くん。もし迷惑じゃなければなんですけど」
「なんでしょう?」
「週末、2人で買い物に行きませんか?」
それは思いもよらない申し出だった。作業の手を止めて飛彦の顔を見つめれば、スプーンから零れたコーヒー粉がカフェカウンターの上にはらはらと落ちる。
「何か欲しい物がありました?」
「新しい便箋を買いたいんです。雪斗くんとの文通が楽しくて、いつも便箋を使いすぎてしまうから、少し大きめの物を買おうかなって」
――雪斗くんとの文通が楽しくて
さらりと告げられた言葉にむずがゆさを覚えたが、何でもないという表情で会話を続けた。
「あー……確かに最近、手紙の枚数が増えていますよね。そういうことならご一緒しますよ。ちょうど僕も新しい万年筆がほしいと思っていたんです」
そう答えると、飛彦は目に見えて表情を明るくした。ぱぁ、っと顔中に灯りをともしたようだ。
どちらかといえばいつも表情に乏しい飛彦が、そこまで嬉しそうな顔をするのは初めてのことで、雪斗はまた言葉にしがたいむずがゆさを覚えてしまう。
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